「随分と楽しそうだな」
冷たさを感じるほどに凛と響いた声に一番に彼女を振り返ったのはカレンだった。
綺麗な細い眉を寄せているルルーシュの瞳を見た瞬間、カレンの背筋がゾクリと怖気だった。
彼女が知っているルルーシュからは想像もつかないほど冷たい瞳と殺気にも似た怒り。
とっさに言葉を発することも出来ず、だからといって視線を反らすことも出来ず、カレンは無意識に唇を噛んだ。
「やぁ、ルルーシュ。君も来たんだね」
空気を和ませるつもりなのか、それとも読めていないのか、場違いなほど柔らかなスザクの声がその場を満たす。
ルルーシュはスザクに微笑みかけると、カレンとの間を割るように腰を降ろした。
「酷いじゃないか、スザクもビャッコも…俺にだけ内緒にするなんて」
「私が頼んだのよ。スザクもビャッコも悪く無いわ」
スザクはともかく、ビャッコが責められるのは可哀想だ、と助け舟を出すと、ルルーシュの視線だけがカレンに飛んでくる。
「君に聞いた覚えは無いんだが?」
「な…っ!私は…ビャッコが怒られちゃ可哀想だと思って!」
「煩い!」
びりびりと体を打つような怒声に、反射的にびくり、と肩を震わせる。
何故私が怒られなければならないのだろう、とスザクに視線をやると、彼も思うところがあるのか、眉をしかめていた。
ルルーシュの怒声で目を覚ましてしまったビャッコは事情が読めていないのかスザクの腕の中で首を傾げて。
良く澄んだ紫色の瞳を不安げに揺らして、父に縋るように小さな手を握り締めていた。
すっかりこんがらがってしまった状況に、元々男らしい性格をしたカレンは苛立ちを隠せない。
何でこの人は私の言うことを聞いてくれないんだろう!
きっと自分とスザクが仲良くしていたから嫉妬でもしているのであろうが、そんなことは全くする必要すらない。
それに、とカレンはスザクの顔色を伺うと、思わず溜息をついた。
彼の表情は先程に比べると、明らかに凍り付いていて。
「なぁ、ビャッコ。何で教えてくれなかったんだ?カレンが来ているって。」
「かれんと、ないしょってやくそくしたから」
「スザクも、どうして俺に内緒にして二人で会ってたんだ?」
カレンがこれ以上は駄目と静止を促すようにルルーシュの腕を引く。
けれど、カレンの制止で彼女が止まるはずもなく、ルルーシュは畳み掛けるように口を開こうとした瞬間。
「ビャッコ、あっちへ行こうか」
スザクはルルーシュの問いに答えることは無く、優しくビャッコを抱き上げた。
「ちょっと、待て!スザク、話は終わってない!」
何事も無かったかのように去ろうとするスザクの背中に思わず声を荒げてしまう。
抱かれたビャッコが優しい母の聞いたことも無い怒声にびくりと震えるのをスザクの大きな手がそっと撫でた。
それは、大丈夫だと諭すような優しい手で。
「スザク!」
「ルルーシュ、ビャッコは僕が預かるよ。仕事は暫く城内のものばかりだしね」
どこか突き放したような物言いをされてルルーシュの頭に上っていた血が、さぁっと音を立てて下がっていく。
一向にルルーシュを振り返ってくれないスザクの背中は初対面の頃に戻ってしまったようで。
思わず相手の背中に手を伸ばそうとした瞬間、背中は遠ざかって行く。
「…嘘だ…スザク」
幸せだった時間が足元からがらがらと崩れていくような感覚に囚われてルルーシュは目を虚ろに泳がせた。
カレンが呆れたように隣で溜息をついているのを聞くと、ルルーシュは膝の上で拳を握り締める。
着物に皺が寄ってしまうのを気にする余裕も無い。
「だから口を出したのに。スザクは…」
「…煩い!」
カレンの言葉を遮る様に怒鳴ると、流石に気を悪くしたらしい。
眉間の間に深い皺が刻まれていた。
「貴方、人の話は最後まで聞きなさい。でないと後悔するわよ」
「人の話は聞くさ。けど、君の話が何かの利になるとは思えない」
鼻で笑うように顔を反らすと、胸倉を乱暴に掴まれ、正面を向かされた。
カレンの表情はルルーシュが想像していたような怒りに満ちたものではなく、目が離せないほど真剣なものだった。
「貴方が私を嫌ってるのは分かってる。私も貴方を苛めた自覚はあるしね。けど、それにビャッコを巻き込まないで」
「ビャッコ…?」
「正直、スザクはどうでもいいわ。スザクのことは自分で何とかすることができるもの。でもビャッコは違うでしょ」
胸倉を掴んでいた手が離されると、ルルーシュの僅かに浮いた腰が畳に落ちた。
カレンの言う意味が分からない。
いや、分かりたくない、と思った。
彼女が自分たちのことを自分以上に分かっているなんて、想像したくもなかった。
それを見透かしているかのように別に信じないならそれでもいいけど、とカレンは溜息をつく。
「アンタはビャッコのお母さんでしょ。ビャッコを寂しがらせてないでちゃんとお母さんしなさいよ」
だから私のところにビャッコが来るのよ、そしてビャッコを心配するスザクも。
カレンの言葉にルルーシュは何も言い返すことはできなかった。
何故ならビャッコを構ってあげられていない自覚があったから。
もうすぐお兄ちゃんになるのだし、母親離れは必要だ、そんな言い訳までして。
「だから、スザクはビャッコを連れていったのか?俺が…母親失格だから」
思いつめるように呟いた言葉に、カレンが大げさなほど慌てる。
「ち、違うわよ!アレの原因の一端は私にもあるわ!だからアンタだけが悪いっていうわけじゃなくて!」
慌てるカレンが今までの確執が薄れていってしまうほど可愛らしくて、優しくて。
ルルーシュは思わず小さく笑った。
「…笑ったわね?…もう、フォロー入れるんじゃなかった…」
「いや、悪い。つい…な。ところで、スザクが何でビャッコを連れて行ったか分かるのか?」
問いかけると、カレンはにっこりと笑ってルルーシュへと手を差し出した。
その意味が分かりかね、思わず首を傾げると、カレンは焦れたようにルルーシュの手を握った。
「握手よ!とりあえず私達は仲直り!そうすれば、スザクだって帰ってくるわ」
どういう意味だ?ともう一度問うと、彼女はまぁ見てなさいよと自慢げに胸を張って見せる。
その様子は何だか輝いて見えて、ルルーシュの中の嫉妬も恨みも、全部どこかへ消えていってしまっていた。
to be continu...