今は昔、良くも悪くも落ち着いた時の時代。
将軍のおはす城は豪華絢爛を誇っていた。
その中でも世に触れることがない城の奥の奥、御鈴廊下を渡ったその先。
大奥、と呼ばれるその場所は、女性だけで構成された女性がほとんどの権利を主張する、女性の花園。
全ては将軍の為に集められた女性達の集まる園。
一見華やかそうに見える場所だが、決して楽園ではないと言う。
そんな場所に、今日もまた、新しい女性が足を踏み入れることとなる。
しゃなり、しゃなり。
着物の裾が擦れて、僅かに衣擦れの音が女性の小さな足音とともに廊下を渡る。
真っ白な白無垢を引きずりながら将軍の元へと歩みを進める女性の唇は艶やかな紅が引かれている。
「はぁ」
重いため息を漏らすその様子は箱入り娘の嫁入りとは思えないほど、どよん、としたもので。
前を行く少女がぴたり、と足を止めると振り返り、花嫁の倍ほど大きなため息をついた。
「姫様、これから嫁入りだというのにそんなご様子では寵愛をいただけませんよ?」
「俺…いや、私はそんなのいらない」
ふいっと顔を反らして、いけしゃあしゃあと言うと、お付の少女が一段と大きなため息を再びついた。
これでは先が思いやられる。
本当にこれからこの国を背負う者に嫁ぐというのに、大丈夫なのだろうか。
「何ならミレイ、今からでもお前が嫁ぐか?」
白無垢着替えようか、と冗談半分に軽く持ち上げられた着物の襟元を見て、少女―ミレイ―は三度大きなため息をついた。
白無垢の姫、ルルーシュは今日奥へと上がることとなる。
それはルルーシュの父親が決めたことで、その絶対的な命令にルルーシュが抵抗できるはずがなかった。
不満を漏らすことはなかったが、ただ、この身売り同然の結婚に、夫を愛すことはきっとないのだろう、と思った。
愛す必要はない。体は許しても、心は許すものか。
ルルーシュは静かに心に誓った。
「将軍様にはご機嫌麗しゅう。こちらが本日、大奥へ御輿入れいたします、ルルーシュ姫です。」
へりくだり口上を述べるミレイの隣でただただ頭を下げる。
日本の男性はおしとやかな女性を好むと聞く。
だから、言葉遣いや身のこなしには気をつけろ、と教え込んだのはミレイだった。
しかし、これは楽かもしれない。
自分から行動を起こす必要がないのだから。
ルルーシュは白無垢の下、小さく笑みを浮かべた。
将軍だという青年は、矜持に体重を預けたまま、ルルーシュには見向きもしなかった。
ミレイの言葉に、生返事だけを返し、後は大奥総取締だという少女に全てを託した。
婚姻の儀すら無しという事態に、ミレイは、馬鹿にしてと憤慨していたが、それはこの将軍には珍しくないことなのだと大奥総取締の少女は笑った。
「ここがルルーシュ様のお部屋ですわ。奥のことは大奥総取締である私に聞いてください。申し送れました。私、神楽耶と申します。」
ルルーシュより頭2つ分小さな彼女はにっこりと笑って頭を下げた。
そして、次に放った一言はルルーシュを凍りつかせるには十分な言葉で。
「ルルーシュ様には御正室になっていただきます。よろしくお願いしますね、御台様。」
「な、何で俺が!?」
とっさに出た素の言葉に、馬鹿にしたように神楽耶がクスリ、と笑う。
「あら、だってルルーシュ様のお家柄は私達よりも良いのですもの。家柄は位を表すもの。」
確かに、大きな勢力を持つ”ブリタニア”の姫という立場は国内のどんな姫君よりも高いのだろう。
それにしても、正室なんて面倒くさい。
思わず顔に表れそうになるのを軽く呼吸をするので紛らわせ、ルルーシュはふわりと笑みを浮かべた。
「謹んで、ご拝命賜ります。神楽耶殿。」
はい、と無邪気に微笑んで手を叩く神楽耶に、邪気のようなものが見えた気がした。
そして、ルルーシュが御輿入れしてから、早くも1ヶ月が過ぎようとしていた。
ぽかぽかとした陽気には似合わないため息がルルーシュの部屋に響く。
色々な決心をつけて、この奥へ来たと言うのに、肩透かしも甚だしい。
美女として有名だった母によく似たルルーシュは、身分は皇族の中でも下位だったが、蝶よ華よと育てられてきた。
尤も、母が存命だった頃の話だが。
だが、それだけに自分に魅力が無いのか、と将軍に対し憤りを覚えるのだ。
「だいたい顔も合わせに来ないのは失礼だろう!」
むすっとしながら脇息に体重を傾けると、大きなため息を再び零し、自分の放った言葉を打ち消した。
撤回。来ないに越したことはない。
しかし、この場所は寂しい場所だった。
見守ってくれる妹もいない。
付き添って来てくれたミレイは本国へと帰ってしまったし。
側室たちが姿を見せることは無い。
となると、自然と接触があるのは女中達だけになるのだが、彼女たちはルルーシュと必要最低限以上会話をしようとはしなかった。
将軍の寵愛がないとはこういうことか。
知らず眉間に皺を寄せながら、ルルーシュはがっくりと項垂れた。
「眉間、皺寄ってる。綺麗な顔なのに。」
もったいない、とため息と共に落ちてきた言葉に、ルルーシュは「余計なお世話だ」と手を掃った。
待て。今の声は女の声にしては低くなかったか。
隣の部屋に控えているはずの女中達がざわざわと騒いでいる気もする。
それの意味する所に気付くと、ルルーシュは慌てて着物の裾を引いて頭を垂れた。
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