「上様、ようこそいらっしゃいました。ご機嫌麗しゅう…」
御鈴廊下を渡って大奥へ来られる男性。それは、将軍のみ。
確実に不興をかったであろうこの状況に思わず息を飲む。
目の前に突っ立ったままの将軍は感情を映さない瞳でルルーシュを見下ろしていた。
ただ何か、がっかりしたような、そんな雰囲気が漂っているのは気のせいだろうか。
「スザク。僕の名前は枢木スザクだ。名前で呼んで?上様って呼ばれるのは嫌いなんだ。神楽耶に聞いてない?」
聞いてない?と聞かれ頭の中に大奥総取締の神楽耶のしてやったりと言わんばかりの表情が浮かぶ。
聞いていない。断じて聞いていない。
聞いていたらそんな間違いなど犯すものか!!
こういう時ここでは何と言うのだったか。
あぁ、そうだ。あの女狸!と言ったはずだ。
だが、仕方が無い。大奥という場所はそういう場所なのだ。
皆が将軍の子を賜るために死に物狂いで将軍に媚を売る。
ルルーシュは神楽耶に僅かな怒りを感じながら頭を下げた。
「申し訳…」
「君も同じなんだね。神楽耶達と。」
ため息とともに冷たく言うと、スザクはそのまま踵を返す。
神楽耶と同じ扱いをされたことと、冷たい物言いに思わず抗議をしようと顔を上げた瞬間に思わず黙り込む。
気付いたらスザクの着物の裾を握っていた。
く、と引っ張られることを感じたのだろう、スザクが足を止めて振り返る。
「何?どうかした?ほしい物でもあるの?」
子供を慰めるようによしよしと撫でられた、自分より大きく。
いつもなら子ども扱いするな、と振り払うものだが、どこか心地よく、しばし忘れていた暖かさを感じるもので。
伏せていた瞳をふ、と見上げると、冷たいと思っていたスザクの瞳は無垢な少年のように真っ直ぐで澄んでいた。
それを見ると、猫を被るのも面倒になってきている自分に気付いて、ルルーシュはクッ、と小さく笑った。
大きな賭けだが、賭けてみようか。
一向に何も言わないルルーシュに痺れを切らしたのか、スザクが首を捻る。
「ルルーシュ?」
「スザク。俺は神楽耶達とは違うぞ?」
紅を引いた唇を吊り上げて嘲笑うと、スザクの新緑の瞳に自分を写して、ルルーシュはスザクに手を伸ばした。
「俺はお前に媚を売るほど安い女ではない。言葉遣いはコレだし、ご機嫌伺いなんて反吐が出る。」
慇懃無礼な言葉を次々に口にしながらスザクを盗み見ると、彼は呆気に取られながらも小さく笑っていて。
なんだか調子が狂う。
不敬罪にもあたる行為なのに、スザクはただ面白そうに見つめてきていて。
怒らないのだろうか、と思わずルルーシュはじっと見上げた。
「それで、君は何が言いたいの?」
「だ、だから!俺が嫌なら、切るなり里へ帰らせるなり好きにしろ!」
死ぬのは嫌だ。
だからといって後ろ盾のない本国へ帰ったとて、居場所などあるわけもない。
だが、保身に甘んじて仮面のままスザクに接するのも何故か我慢ならなかった。
それだけの行動だった。
そんな一生の賭けに打って出たルルーシュを、スザクはお腹を抱えて笑い飛ばした。
面白い、気に入ったと何度も連呼しながら、笑いすぎて潤んだ瞳にルルーシュを映した。
「そうだね。確かに君は神楽耶達とは違うみたいだ」
伸ばしたままだったルルーシュの手をそっと取ると、その手のひらに軽く口付けるスザクに思わずルルーシュの頬が染まる。
スザクは手のひらに唇を寄せたままルルーシュに微笑みかけて、口を開く。
スザクの吐息が手のひらにかかってくすぐったい。
ルルーシュは少し瞳を細めて、スザクの行動を見守り、しばし、時が流れた。
「それで、ルルーシュ…君はここで…何を僕に望むの?」
「…何も望まないさ」
ふっと息をついて、相手に顔を寄せる。
何も望まないなんて嘘。
スザクを捕まえるために撒いた餌―嘘―。
この大奥に神がいるとすれば、それは間違いなく将軍なのだから。
天国にするも、地獄にするも、この男次第だと言うならば。
第一手の成功を王手へと繋げてみせよう。
「スザク。俺の友達になってくれないか?」
お前を絡めとろう。
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