元々将軍であるスザクという者は性欲というものが薄いらしい。
今居る側室の中でスザクと床を共にしたのは大奥総取締の神楽耶と側室の一人であるカレンという女性だけだという話だった。
大奥にいる女性達にとって、スザクと寝る。そして、子を賜るというのは何よりの名誉であった。
それぞれが各々の目的を抱き、スザクに媚を売る。
神楽耶にとっては自らの地位を確立するための、カレンにとっては御家再興のための手段で。
ルルーシュは、奥において、神楽耶とカレンという二つの色の中に新しい色を落とす、邪魔な存在だった。



廊下を渡っていて庭に突き落とされる、足を払い転ばされるなど当たり前のことであったし、池に突き落とされる、寒い物置小屋に閉じ込められることもしばしばで。
ルルーシュの白い肌は、正室という立場とは似ても似つかわしくない程傷だらけだった。



「くそっ、何でこんな目に」
「…それは、あなたが正室だから、よ」
地べたに組み伏せられているルルーシュに視線を合わせるように目の前にすとんとしゃがみこむ。
彼女の髪は椿のように赤く、鋭い瞳がルルーシュを睨み付けていた。
「…カレン…」
悔しそうに見上げると、カレンは僅かに整った眉を寄せた。
「仕方ないのよ。正室であるあなたに子供ができる、なんて許されないことだからね」
「…どういうことだ?」
「正室のあなたの実家は力を持っているわ。その上子供までできたら…!」
声を荒げて言うカレンと身を起こしたルルーシュの視線が交わる。
言葉の意味することを理解すると、ルルーシュは口元に思わず薄い笑いを浮かべた。
「なるほどな。」
「御台様にはご身分をしっかり分かっていただかないと困る!」
着物の裾をシュッと払うとカレンはそのまま踵を返して去っていった。



泥だらけになった豪華な着物にため息をつく。
大奥の中で、自分に与えられた役目は『お飾りの御台様』だという事実。
ルルーシュは、自分の立場を正確に理解すると、喉の奥でククッと笑った。
「俺を苛めたら大人しくなるとでも思ったのか?甘いな。スザクは、俺のものだ」



部屋に戻るとなるべく派手ではない質素な着物に袖を通す。
もともと派手な色よりは黒を好むのだが、スザクに言わせれば「ルルーシュは欲が無い」ということになるらしい。
ルルーシュにだって欲はあるのだから、それは多大な誤解というものなのだが、そう思わせていた方が計画上得だと、あえて撤回はしていなかった。
無言で支度を手伝っていたC.Cが耳元で小さく囁く言葉を聞いて、ルルーシュは小さく微笑んだ。
「そうか、スザクが来るのか」
綺麗に着付けた着物の襟をきゅっと引いて、シュッと背筋を伸ばす。
さぁ、次の一手を繰り出す時間だ。



先触れから殆ど間を置かずやってきたスザクは酷い顔をしていた。
悪い夢を見た後、どころではなく、未だなお悪夢に囚われている様な血の気の失せた真っ青な顔。
思わず眉間に皺を寄せると、手を伸ばしてそっと頬に触れる。
瞬間、大げさなほどスザクの肩が震えた。
「どうかしたのか?」
「え、何でもないよ」
にっこりと笑って言われても、嘘なのは分かりきっていた。
本来、嘘を付くのは苦手なのだから付かなければいいのに、とルルーシュは内心溜息をつきながら、スザクの頬を優しく撫でる。
「嘘が下手だな。言いたくなければ言わなくていいが」
まだ信頼までは置かれていないか、と状況を即座に理解すると、ぐいっとスザクの襟を引いて顔を近寄せる。
驚いた様子のスザクの額をぺちん、と軽く叩くと膝へと導いた。
「…ルルーシュ?」
「仕方ないから膝を貸してやる。嘘を付いてもばれない様な顔にしてから嘘は付くんだな」
だから休め、と瞼に手をかけると小さく笑うスザクの声が聞こえたが、ルルーシュはぶっきらぼうに顔を背けた。
小さく聞こえた「ありがとう」という言葉は聞こえなかったフリをしながら。



「ねぇ、ルルーシュ。君は僕をどう思う?」



目を覚ましたスザクの血色はすっかり元に戻っていた。
ただ、いつもとはまったく違う、真剣な表情をして、ルルーシュを翡翠の純粋な瞳で見つめていた。
「なんだ、いきなり」
「いいから、答えて?」
横たえていた体を起こし、隣に正座するスザクは何とも言えぬ雰囲気を纏っていて逃げられぬ質問であることを物語っており。
ルルーシュは小さく溜息をつくと、口を開いた。



「上様らしくない上様で、バカがつくくらい正直で優しい奴だよ。お前は。ちょっと天然は過ぎるが、な」
「何それ、ひどいな」
「一応褒めてるんだからな?」
「嘘だ」
子供の口喧嘩のように可愛らしい口論は、やがて笑い声に変わっていく。
その光景は夫婦というよりも、長年付き合っている親友のように和やかなもので。



「でもね、ルルーシュ。僕はそんなに優しい人間でも綺麗な人間でもないんだ」



さり気なく呟かれた一言がどういう意味を持つのか、ルルーシュは笑って誤魔化す事しか出来なかった。
ただ、笑っているスザクの表情がどこか寂しげだということだけ。
それがルルーシュの分かった、たったひとつのことだった。






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