最近毎日見る夢がある。
最初に見えるのは、我こそはと咲き競う、たくさんの薔薇。
幼くて可愛い少女の笑い声。
それを見て微笑む少女の両親であろう2人の男女。
見ているだけで笑顔がこぼれる様な、絵に描いたような家族の姿。
その映像が、まるで古い写真を焼くかのように端から燃えていく。
あ、と思った時にはもう既に灰となり、視界は真っ暗に染まるのだ。
怖い夢でもなんでもないはずなのに、目が覚めたとき、決まって酷い汗をかいていた。
「今日もあの夢か。誕生日なのに、夢見が悪いな」
ぶつぶつと呟きながらジノは寝起きで気だるい体を起こした。
パジャマを脱ぎ捨てて部屋に備え付けのシャワールームへと向かう。
扉越しに父親が呼んでいると言う使用人の言葉を聞き、生返事をすると、はぁ、と溜息をついた。
どうせろくでもない話なのだろう。
きっともう17なのだから、とか、そういう話。
暖かいシャワーを浴びながら溜息をつく。
「あーあ…せっかくの誕生日くらいデートとかしたいよなぁ」
言い寄ってくれる女性達の顔を次々思い浮かべながら、キュ、とシャワーのノズルを捻った。
ぽたり、ぽたりと音を立てて雫を滴らせるのをじっと見つめると、軽く頭を振る。
かけてあったバスタオルを頭から被り手早く拭くと着替えを済ませて身だしなみを整える。
きちっと整えないとあの父親が煩い。
面倒くさいと内心思いながらも三つ編みをして襟もしっかり整える。
「ジノ様?まだですか?」
「あぁ、今行く」






重厚な扉をノックしてから部屋に入ると、父親と見慣れない女性の姿があった。
こんな使用人いたっけ、と女性に視線をやると、彼女はジノを見て軽く首を傾げた。
栗色の髪で翡翠の零れ落ちそうなほど大きな瞳の彼女は普通に見て可愛らしい。
一瞬、ドキッとしたのを隠すように父親に視線を戻すと父親は上機嫌で。
それは気持ち悪いくらいで。
「何の御用ですか?」
「お前もヴァインベルグ家の一員としてそろそろ身を固めてもらわないとと思ってな」
「は?私はまだ17ですが」
「若いに越したことはないだろう?」
父親の言うことが全く理解できず―理解したくも無いのだが―固まっていると、父親は嬉々として隣の女性の背をぽんと押した。
何だかとてつもなく嫌な予感がするのは気のせいだろうか。
気のせいであって欲しい。
けれど。
「そこでだ。お前の婚約者を用意した。アスプルンドのご令嬢でスザクさんだ」
嫌な予感、的中。
ぺこり、と頭を下げる彼女は何も考えていないかのように表情が乏しくて。
こんな、親に決められた結婚で満足なのだろうか。
ジノは嫌だった。
まだ1人に絞るなんて考えられないし、もっと遊びたいし、束縛されたくない。
彼女には悪いけれど…
「お断りします!」
「この婚約を破棄することは出来ない。ヴァインベルグの明暗もかかっているんだからな」
確かにアスプルンドという伯爵家を敵に回すことは避けたいという父の気持ちは分からないことは無い。
「しかし、父上!!」
「来月のパーティで婚約発表だ。分かったな」
父親の態度は正に『取り付く島も無い』というもので。
とりあえずスザクさんに庭でもエスコートして来いと2人で追い出されるとジノは大きな溜息をついた。
隣にスザクがいることも忘れて。






「すみません」
ふいにかけられた言葉にジノはえ、と目を見張った。
少し視線を下げて隣を見ると、先程婚約者だと告げられた彼女が、申し訳なさそうに立っていた。
表情は乏しかったけれど。
「いや、気にしないでください。私も失礼なことを言ってすみません。その…貴方が悪いわけでは…」
今更ながらに社交辞令を取り繕って話をすると、彼女は分かっています、と歩みを進めた。
エスコートを父親から言いつけられている手前、放っておく訳にも行かず、慌てて追いかける。
彼女は真っ直ぐと玄関へと向かっていた。
マズイ。このまま帰られてはジノが追い返してしまったようだ。
「その、スザクさん!!庭を、案内しますよ。今はちょうど薔薇が見事だし、綺麗ですよ」
女性にウケの言い、子犬のようだと例えられる笑みを顔に貼り付けて引き止める。
今までの女性たちのように、これでスザクも散歩に誘われてくれるだろう、と甘く考えていたジノの頭は、スザクのいえ、という一言に真っ白になった。
スザクは頭を深く下げて、顔を上げた。
結い上げていたふわりとした長い髪が一房落ちて、スザクの雰囲気を幼いものへと変える。
その行動は酷く妖艶で、綺麗で、でも幼さを残すそれは、可愛らしくて。
笑ったらどんなに可愛いだろう、とジノは知らず息を呑んだ。
「今日はこれでお暇します。婚約の件は、私からも父へ解消の旨を伝えますから」
大丈夫ですよ、と言う彼女の表情から心は読めない。
けれど、どこか消え去ってしまいそうな危うさを持つ彼女との縁がこれきりになってしまうのは勿体無い気がして。
「あ、あの。婚約解消しても、また会える…よな?」
らしくもなく弱気な誘いに、彼女は不思議そうに首を傾げると、帽子を被ってジノをじっと見上げた。
上目遣いで見られると、スザクの翡翠の瞳が更に大きく見えて、ジノは思わず息を呑む。
「…大丈夫です。同じ学校ですし」
抑揚の少ない声で言われ、ジノは固まった。
学校の女性は一通りチェックしていたつもりだったが、こんなに可愛い女性がいた覚えが全くなかったからだ。
固まってしまったジノを見て不思議そうにスザクが首を傾げて。
「あの…それ…本当に?」
「本当。3年、スザク・アスプルンド。生徒会所属」
朝礼とかで壇上に上がることも多いんだけど、知らない?と問われても、ジノには全く心当たりが無く。
しばらく考え込んでいると、スザクは大きな玄関の扉に手をかけて力を込めた。
「それでは、失礼します。もう会うことは無いでしょうけど…また」
軽く会釈すると彼女はそのまま帰って行って。
ぽかんとしながら見送って、ジノは気を取り直して父親の部屋へと向かった。
婚約解消をもう一度言いに行くために。






登校はいつも電車を使っていた。
送迎の車で行くように家族は言っていたけれど、電車通学は色んな子と会えて楽しかったから止めなかった。
今日も電車に乗り込めば、おはようございますジノ様、とたくさんの女の子達が挨拶をしてくる。
華やかで可愛らしい女の子達。
「やぁ、今日も元気だね。元気なのはいいことだよ、うん」
そっと隣にいる女の子の腰を抱くと、彼女は嬉しそうに笑って。
「そういえばさ、スザク・アスプルンドって子知ってる?学校同じらしいんだけど」
思い出したように言うと、彼女たちはきょとんとしながら顔を見合わせると、口元に手をやり、ぷっ、と笑った。
「勿論知ってますよぉ。生徒会の地味なのですよね」
「地味?」
昨日会ったスザクは表情には乏しかったけれど、どちらかというと可愛らしくて男にモテそうな感じだったけれど。
いまいちピンときていないジノに、彼女達は口々に言い募る。
「知らないんですか?生徒会の瓶底眼鏡で、スカートが長いダサい子ですよ」
生徒会、皆美形なのになんであんな子いるんだろー、と口々に笑う。
そういえば、生徒会は会長のミレイ・アッシュフォードを始め、可愛い女の子が多い。
見た目はイマイチでも、頭脳面だったり、どこかでずば抜けたエリートがいることでも有名だ。
眼鏡、眼鏡…と思い返すと確かに茶髪の冴えない子がいたような気がする。
「あー…もしかして、いつも副会長の後ろにいる?」
「そうそう!何でルルーシュ君、あんな子の面倒見るんだろー…」
あり得ない、と口々に笑いながら言う彼女たちに合わせて笑う。
とりあえず、一度会って、昨日のお詫びをしなければな、と考えながらジノは学校へと向かった。






朝一緒に登校した女の子のおかげでクラスは簡単に分かったから、昼休みを狙ってスザクを呼び出した。
まさか学校で呼び出されるとは思っていなかったのか、スザクは元々大きな目を更に大きくしたようだった。
もっとも、それは分厚い眼鏡に隠されて、分からなかったのだけれど。
「何ですか?いきなり」
「いや、昨日の、謝ろうと思ってさ。ろくに歓迎もできなかっただろ?」
「気にしないで下さい。突然の事でしたし」
連れ出した屋上で、風に彼女の栗色の髪がなびくのを見ると、何となく翡翠が見たくなって、彼女の眼鏡を取り上げる。
視界が悪くなるのだから、眼鏡を取り戻そうとするのかと思いきや、彼女は気にせずそのままぼうっとしていて。
「怒らないのか?」
「何故?」
「眼鏡」
取り上げた眼鏡を見せると、あぁ、と納得がいったようにジノへ視線を向けられる。
「伊達ですから。それ。私の視力は両眼2.0なんですよ」
だから眼鏡はいらないんです、とジノの手からそっと眼鏡を取り返すと、眼鏡ケースになおした。
「何で、伊達眼鏡なんてしてるんだ?」
「見苦しいでしょう?だから隠すんです。私の顔」
見苦しい?それはとんだ間違いだと思った。
スザクの栗色の髪も、ブリタニアでは珍しい黄色の肌も、翡翠色のどんぐりのような瞳も、全て美しい。
「そんなこと…「お世辞は結構です。自分のことは、私が一番分かります」
苦笑を浮かべる彼女を後ろから抱き締めると、そっと髪を撫でて首筋に口付ける。
びくり、と震えるスザクの体を逃がさないようにして耳元に唇を寄せて。
頑固な彼女の意思を揺さぶるように睦言を注ぎ込む。
「スザクは可愛いよ。私が保証する」
すると、びくりと肩を竦めてジノの腕の中から逃げ出して、スザクは屋上から走って逃げてしまった。
「あーぁ、逃げちゃった」
けれど、しっかりとジノは見ていた。
耳まで真っ赤に染まっていたということや、囁いた瞬間、期待するようにふるりと揺れた腰のこと。
口元に手をやると、自然と笑みの形になるのを抑えるように軽く瞳を伏せる。
その空色の瞳は新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。



to be continu...