バタバタ、とけたたましい足音を響かせて生徒会室に駆け込んできたスザクに、室内は騒然となった。
「何?どうしたの?スザクちゃん」
メンバーがぽかん、とした様子でスザクを見る中、最初に行動を起こしたのはミレイで。
まだ興奮冷めやらないと言わんばかりのスザクの髪をぽんぽんと撫でる。
スザクの顔をいつも隠しているメガネは取られていて。
露になった瞳は扇情的に潤み、頬が紅潮しているのも相俟って、色香を放つ。
隣でリヴァルがほぉ、と呟いているのを思い切り睨むと、ルルーシュはスザクに駆け寄る。
間近で見ると、ますます可愛らしくて―もちろんルルーシュの欲目もあるのだが―ドキリとする。
しかし、今それより大切なのは。
何故こんなに混乱しているのかということで。
「どうしたんだ?一体?」
「有り得ない。何なんだよ。あの人」
うー、と唸りながら混乱しているスザクをそっと抱き締めてぽんぽんと背中を撫でる。
それは幼馴染の特権なのだが、それだけ意識されていないという事実で。
残念な事実であったりするのだが、今はそれよりスザクのこと。
教室から出て行ったのは、確か2年のヴァインベルグの呼び出しだったはずだ。
しかも昨日、奴との婚約を破棄してきたと言っていて。
「ヴァインベルグに何かされたのか?」
名前を出すと、途端に赤く染まるスザクの頬。
おのれ、ヴァインベルグ!俺が悪い虫のつかないようにめいっぱい大事にして守っていたのに!
常に眼鏡をかける様にして、綺麗な顔を隠せるように前髪も伸ばさせて。
決して目立たないようにしていたのに―目立つと悪い虫がつくに決まってる!−。
天然で鈍感なところがあるスザクは俺が守らなければ、と決意を新にしていると、シャーリーによってスザクを奪われていた。
「で、何があったの?」
「うー、私も訳わかんなくて、昨日のこと、謝られて」
「うんうん」
「眼鏡取った方が可愛いって言われて」
「うわー、気障!流石ヴァインベルグ君」
「首筋にキスされて」
「何!?」
「…可愛いのは保障するって囁かれた…」
なにぃいいいいいいっ、と叫ぶルルーシュとは他所に、ミレイが悲鳴をあげる。
流石学校一のプレイボーイ、と笑うミレイに、苦笑を浮かべるシャーリー。
リヴァルはうげ、と気持ち悪そうな顔をしていて。
居辛そうに椅子にちょこんと座って上目遣いで見上げるスザクは可愛らしいのだけれど。
「あ、あのさスザク。眼鏡つけてくんない?ルルーシュが怖いから」
とりあえずリヴァルが睨むルルーシュの解決策を提案すると、スザクは慌てて眼鏡を付ける。
素直なスザクをヴァインベルグみたいなタラシに遊ばれて溜まるか、という思いはどうやらルルーシュだけではないらしい。
元々たらしとかそういうのが嫌いなカレンは普段大人しいのに殺気すら放っていて。
ミレイは怪しく笑っているし、リヴァルとシャーリーは注意をスザクに必死で訴えていて。
「…何だか皆…怖いんだけど…」
スザクは縮こまった体を更に小さくすると、苦笑を浮かべた。
「とりあえず…眼鏡は絶対外さない事!ヴァインベルグと接触するな!分かったか!?」
捲くし立てるように警告するルルーシュに気圧される様にこくこくと何度も頷くと、スザクはやっと開放された。
しかし、ジノと接触するなと言われても、中々難しいことだとスザクは溜息をついた。
何ていったって、彼は人気者で。
どこへ行ってもファンの子が彼を取り囲んでいる。
おかげで、二人きり、という何とも避けたいことは免れる事ができるのだが、見掛ける度に犬のように近づいてくるのは。
正直勘弁して欲しい、とスザクは溜息をついた。
決してジノがどうというわけではなく…何と言うか、ファンの目が痛いのだ。
そういえば、この前ジノに近寄るなとファンクラブの子に忠告されたなぁ、と思いながら、スザクは手作りのお弁当を口に運んだ。
美味しそうな玉子焼きは少しだけついた焦げ目が香ばしくて。
我ながらよく出来た、と小さく微笑むと後ろから手が伸びてきて、最後の一つだった玉子焼きを奪われる。
「ん。美味しいな、これ」
後ろから聞こえた言葉に慌てて顔を上げると、ジノが満面の笑みで立っていて。
有り得ない、と思った。
ずるり、と眼鏡が僅かにずれるのをさり気なく直していると、目の前に座るカレンが目に入る。
ジノをキツク睨み付けていて、とにかく怖い。
貴族の令嬢で、病弱って設定はどこへ行ったんだろう。
「アンタ何しに来たの?」
口調が刺々しくて痛いよ、カレン。
「スザクの弁当ご馳走になりに来たんだ」
それに気付いているのか、いないのか。無邪気に笑いながら返事が出来るジノも只者ではない。
自分ひとり分の弁当しか持ってきていないのに、とどこかずれたことを考えていると、カレンの目つきが更に怖くなっていた。
「残念だけど、貴方のご飯はないわよ?廊下のファンの子達にでも貰ったらいいじゃない」
一緒に食べるのは御免だけど、と付け足すカレンの声は不機嫌丸出しで。
ブリザードすら吹いて―そうスザクには見えた―場を凍らせる。
恐る恐る背後の廊下へと視線を移すと、皆可愛らしいお弁当を手にジノに手渡すのを狙って目を爛々と輝かせていて。
「…何だか怖いよ」
ぽつりと呟いて俯くと、ジノがどうした?具合悪いのか?と心配して顔を覗き込んでくる。
それを見て、悔しそうな悲鳴が廊下や教室から沸き起こって。
カレンの怒声と、ルルーシュの悲鳴が聞こえて。
あぁ、もう消えてなくなりたい、と思わず溜息をついた。
とりあえず。
「君さえ来なかったら具合悪くもならないんだけどな」
心の中で思っていたことを無意識に口に出していたのか、ピシリ、と空気が凍る。
当の本人はどうしたの?と首を傾げていたけれど。
カレンとルルーシュは僅かに顔を引きつらせて笑っていて、廊下のファン達は怒りをフツフツと沸き立たせているし。
一番ダメージが大きいと見えるジノはまだ何を言われたのか理解しきれていないと言わんばかりに固まっている。
「どうしたの?皆」
「スザク…あんた意外とはっきり言うわね」
「え、僕何か言った?」
きょとんとしてお弁当を食べているスザクを見て、カレンは大きく肩を落とした。
スザクの天然を侮っていたようだ、と苦笑を浮かべて。
「スザク!俺は迷惑なのか!?」
やっと復活したジノが詰め寄るようにスザクの両肩を掴もうとした瞬間割り込むようにルルーシュが立って。
「何なんですか?ルルーシュ先輩?」
「いや、少しスザクに用があったんだ。すまないが、帰ってもらえるか?」
「俺の方が先に来たんですけど」
「すまないな。それに、昼休み、そろそろ終わるぞ?」
時計を指差していっそ清清しい程の笑みをルルーシュが浮かべると、ジノはヤバイと慌てて帰っていく。
その様子をスザクはぽかん、と見ていただけだったが、カレンはルルーシュによくやった、と親指を立てていた。
嵐のように去っていくジノとファンたちを見送ると、スザクはハッとしてお弁当に視線を戻す。
とりあえず、お腹が空かないようにと残り時間でお弁当をかきこむことが先決だ。
午後の授業と言うのは元々憂鬱なものだけれど、今日はいつも以上だとジノは視線を窓の外へとやった。
そこでは体育の授業がされていて―今日はバスケットらしい―体操服姿の女子達が元気に駆け回っていた。
「(お、良い景色)」
運動をする女の子が生き生きとしているのを見るのは大好きだ。
ジノは少し体を乗り出すように外を見ると、ずれ落ちそうな瓶底眼鏡を気にもせず走るスザクが見えて。
ボールを手に一人二人と抜き去る様子は鮮やかで、体運びも軽く。華麗にゴールを決めて喜ぶスザクは可愛らしくて。
あぁしてると瓶底眼鏡も気にならないかも、と思わず笑っているとチョークが飛んできた。
「いてっ」
「余所見とは余裕だな、ヴァインベルグ。次の問題解け」
「はいはぁい」
チェッ、と舌打ちして、黒板にすらすらとチョークを滑らせる。
流石ジノ様、と声が上がったが、そんなもの気にしない。
とりあえず、スザク・アスプルンド。
ジノの頭の中のほとんどを彼女が占めていた。
「あ」
体育の授業が終わりロッカーを開けた瞬間、スザクは目を僅かに丸くした。
その様子に気付いたカレンがスザクのロッカーを覗き込むと、そこには小さな蛇の姿。
思わず、げ、と顔をゆがめたカレンとは対照的に、スザクは気にせず蛇を抱いて窓の外へと逃がしていて。
この子にこんな嫌がらせは効かないのに、馬鹿な人がいるな、とカレンは肩を竦めた。
どうせやったのはあのヴァインベルグのファンクラブの誰かだろう。
「あー…」
後で調べて警告すれば、と考えていた所、上がった声にスザクを振り返る。
彼女は少しだけ困った顔をして、真っ赤なペンキで『ブス』とでかでかと書かれたシャツを抱えていた。
「まぁ、上にジャケット着るし、わかんないよね?」
「ちょっ、そういう問題!?少しは怒りなさいよ!」
「え、何で?」
思わずしたツッコミを気にもせずにきょとんとしているスザクは、ある意味強い、とカレンは溜息をついた。
とにかく、何もかも、あの男が悪い、とカレンの中でジノへと責任転嫁されるのだった。
今日は朝から謎の美女の話でもちきりになっていた。
栗色のふわふわの髪で、綺麗な翡翠の瞳をした女性が廊下を全速力で走っていった、という。
男子の中にはその美女を探せ、と駆け回っている輩までいて。
姿を見た者の中には絶対見つけ出して告白すると意気ごんでいる人まで居て。
正体を知っているジノとしては、私は知っていると言う優越感と、ライバルが増えたという焦燥感が入り混じっていた。
けれど、スザクの髪の色や髪型は少し珍しい色だったし、バレたら噂が広まるのも早いだろう。
手に入れるならまだ、婚約者の話が出てまだ間もない今ならば成功しやすいかもしれない。
まだ好きかどうかなんて、確信はもてないけれど。
けれど、スザクの隣に立つのが自分であればいい、と思えるくらいには好きだから。
「告白、するか」
そして、あのスザクを自分の力で変えてやればいい。
眼鏡を取ればアレなのだから、しっかりと化粧をして、ドレスアップして、髪も綺麗に整えて。
想像しただけで楽しい。
よし、と呟くとジノは告白を決意した。
「枢木スザク!俺と付き合ってくれ!」
ありきたりだとは思ったけれど、屋上に呼び出して、開口早々言うと、翡翠の瞳がどんどん丸く見開かれる。
やっぱり眼鏡に邪魔されて、少し曇って見えて勿体無かったけれど。
「あの、婚約の話は無くなったんじゃ…」
「婚約の話は別にして、スザクが好きなんだ。だから、付き合ってくれ!」
告白なんて初めてで、舌がもつれそうになるけれど、必死に伝える。
少し戸惑ったようにスザクは瞳を揺らしていたけれど、小さく頷いた。
「よろしく、お願いします」
ぺこり、と頭を下げるスザクを優しく抱き締めると、顔を上げた彼女と目が合う。
今まで何をしても反応が薄かった彼女の頬に紅が刺す。
可愛いな、とぽつりと呟くと、更に頬が赤く染まり。
「スザク、大好きだよ?少しずつ俺を知って好きになってくれたらいいから」
「…違うよ、ジノ。僕は昔からずっと…大好きだから、もっと好きになるんだ」
思いがけないスザクの言葉にジノは一瞬目を丸くして抱き締める腕に力を込めた。
to be continu...