これはただの言い訳だけれど。
スザクに出会うまで私は自分から行動を起こすという事をしたことがなかった。
いつも周りから私に寄って来て、一方的に想いをぶつけられて。
それが当たり前になっていたから、誕生日を祝うということはもちろん、相手の為に何かをすることなんて。
いつも与えられるのが当たり前で与える事はしない。
囁く言葉はリップサービス。
けれど、それがどんなにスザクを傷つけていたか、なんて。
この時の馬鹿な私は知らなかったんだ。
「ジノ様、今日は私のお弁当、食べてくださいな」
「ずるい!私も作ってきたのに!」
「ジノ先輩、私のを…」
毎日昼休みになる度に巻き起こる弁当合戦を慣れた手つきで収めて、ジノは女性の中から緑を探した。
彼女に告白してもう1週間になるが、彼女と顔を合わす機会はまだ一度もない。
日を追えば追うほどに彼女の表情が少しずつ記憶から薄れていく。
尤も、今まで付き合ってきた女性は記憶に刻み付ける事すらしなかったのだけれど。
ただ、彼女の表情は薄れていっても瞳の色だけが鮮明に思い出されて。
会いたいな、なんて柄でもなく思ってしまう。
授業中もメールが入っていないか、無意識に確かめる癖が出来てしまって。
開くたび興味の無い女性達の名前に履歴が埋まっているのを見て溜息をついた。
「…会いたい…な」
ぽつりと呟くと、よし、と意気ごんで携帯を閉じてズボンのポケットに少し乱暴に突っ込んだ。
がたん、と無造作に立ち上がるとお弁当を抱えて争っていた女生徒達が驚いたように固まった。
「今日はお弁当、いらない。ごめんな」
軽くウインクをして、足早に教室を去ると、後ろから名残惜しそうな声が溢れた。
スザクの教室の前まで来て窓から外を眺めているスザクの後姿を見つけると思わず笑みが浮かぶ。
あぁ、ずっと探していたスザクだ。
そう思うだけで何だか嬉しくて、くすぐったくて。
意気揚々と声をかけようとした瞬間後ろから肩を叩かれた。
少し目線を下げるとそこには燃える様に真っ赤な髪をした勝気そうな少女。
確か、カレン・シュタットフェルト。
おしとやかで守ってあげたい―それも演技だったようだが―と人気の少女だ。
「何かな?シュタットフェルト嬢」
「あら、名前を覚えてくれているの?有難う」
有難う、というものの、彼女の表情は怒っているのを隠しもしていない。
「それで、何の用かな?」
「そうね。私もまどろっこしいのは嫌いなの。だから手短に」
さらり、と緋色の髪を軽く払うと、カレンはじ、とジノを見上げてきた。
身長の関係上上目遣いになるのだが、そのアイスブルーの瞳はひどく冷たい。
「スザクに、近づかないでくれない?」
彼女の口から冷え冷えと言い放たれたそれは予想通りのそれで。
ジノは受け入れることの出来ないそれに胡乱げに瞳を細めた。
「それは出来ない相談だな。第一どうして君にそんなこと言われなきゃならないんだ?」
ふぅ、と溜息をついて言うと、カレンは顔を真っ赤にして唇を噛み締めていた。
彼女は本当にスザクを大事にしているのだろう、そう思う反面、そこまで必死になるなんて馬鹿みたいと思う冷たい自分。
ジノは思わず自嘲していると、馬鹿にしていると思ったのだろう、彼女は声を荒げた。
「本気じゃないならあの子を惑わせないで!遊ばないで!本当に純粋な子なんだから!!」
甲高い声で言われるそれが感に触る。
スザクがどんなに純粋な子かなんて、あの綺麗な緑を見れば分かる。
あぁあぁ、廊下でそんなに大きな声を出すから、まるで私が悪者じゃないか。
それに、私のスザクを私より分かってるつもりか?お前。
心の中でふつふつと怒りが沸いているのを感じると、ジノはカレンを据わった瞳で睨みつけた。
今までへらへら笑っていたのに、いきなり睨みつけられて僅かに肩を揺らす彼女を見て笑ってしまう。
少し睨みつけただけでこれだ。これくらいで退くなら敵に回さなければいいのに。
「君さ…スザクの騎士にでもなったつもりか?正直…「そこまでだよ」
カレンの細い手首を掴んで脅しをかけようとした瞬間後ろからストップがかかった。
誰だよ、と苛立ちながら振り返るとそこには捜し求めていたスザクがいて。
カレンの腕を離して抱き締めようとした瞬間軽くかわされた。
しかも、カレンに優しく声をかけていたりして。
「スザク。何でそっちなんだよ。シュタットフェルト嬢が悪いんだぞ?」
文句を言ってみても、瓶底眼鏡に隠されたスザクの瞳は女にばかり向けられていて。
半ば無理やり自分の方を向かせて眼鏡を取ると、緑が顔を出す。
「スザクは私の彼女だろう?私の味方をするのが普通じゃないのか?」
ばちんっ!
一瞬何が起こったのかわからなかった。
スザクの綺麗に褐色に焼けた手が大きく振り降ろされたのは見えた。
そして、頬に走るじん、とした痛み。
彼女は表情を微塵も読み取らせない完全な無表情でジノを見上げて口を開いた。
「…私を軽く見ないで下さい」
「…え?」
何を言われたか分からなくて問い返した時にはもう背中を向けられていて。
「…お付き合いの話は無かった事にして下さい」
「スザク…?けど、私のこと好きだって…」
「好きですよ。大好きです」
スザクの言葉は急降下していた気分が一瞬で浮上した。
「けど」
振り返ったスザクの瞳は同一人物か疑うほどに冷たい色で。
「貴方は違うでしょう?私、一方通行ならいらないんです」
抑揚無く告げられたそれに、一瞬浮上した気分は一気に叩き落された。
そのままカレンの肩を抱いて教室の中へと行くスザクを追いかけることは出来なくて。
伸ばしかけた手をそっと降ろした。
フラれたことは初めてで、どうすればいいのか分からないほどショックだった。
それにスザクの言う事も全然分からなくて。
好きなのに別れるなんて、わけがわからない。
一方通行って何だ?私はスザクが好きで、それをちゃんと伝えたのに。
考えれば考えるほど、頭の中はハツカネズミのようにカラカラと忙しなく周って、目が回りそう。
それよりももっと気になるのは彼女の瞳の色だった。
学校で無理やり眼鏡を外して見たキラキラと輝く新緑でも。
初めてお見合いの席で会った凛と冴え渡ったエメラルドでもない。
靄がかかった光を反射しないただの緑。
ジノはまだざわざわとざわめく周囲を黙らせようとするように思い切り壁を殴りつけた。
「それで、何があったの?カレン、スザク」
逃がさないわよ、と言わんばかりに足を肩幅に開いて腕組みするミレイは何と言うか男らしい。
スザクがぱちぱちと何度か瞬きしているとルルーシュの手がぽんぽんと髪を撫でた。
「会長、そう苛めないでやって下さいよ。説明はカレン、頼めるか?スザクは借りてく」
勝手に話を進められたカレンは不満そうな声を上げたけれど、ルルーシュは気にせずスザクを隣室へと促した。
部屋の椅子にスザクを座らせると扉を閉めて、ルルーシュは黙ってスザクの正面にしゃがみ込んだ。
スザクの瓶底眼鏡をそっと取ると、栗色のふわふわの髪をぽす、とルルーシュの白い手が撫でた。
「…ルルーシュ?」
こてんと首を傾げて名前を呼んでも、彼は何度も何度も何も言わず撫で続けていて。
変化の無い、単調なその動きはとても心地よくて。
それでも幼い頃から馴染んだ暖かな体温が伝わると涙腺がゆるんで。
スザクが泣いたり、落ち込んでいたりするといつもされるこの撫で方がスザクは苦手だった。
一生懸命閉じ込めていた悲しみも全て溢れてしまう。
「…ふぇ…る…る…しゅ…」
「…俺しか見てないから…泣け…」
うー、と顔をくしゃくしゃにしながら搾り出すように泣くスザクの姿は初めて見るものではなかった。
「好き…なの…ジノが…でも…ジノは…」
華奢な肩はカタカタと震えて、可哀想なほどで。
ルルーシュはスザクをそっと抱き締めて目を細めた。
よしよしとふわふわの髪を撫でて耳元に唇を寄せる。
「大丈夫。俺はちゃんとスザクの傍に居るよ。どこにも行かない」
スザクは一人じゃないよ、と言い聞かせるように吹き込むと、スザクの濡れた瞳が少しだけ光を取り戻す。
それを見て少しだけほっとしたように笑って、ルルーシュは子供にするようにスザクを膝に抱いた。
「馬鹿だなぁ、スザクは。また一人ぼっちになった気分でいたんだろう」
大丈夫だよ、ともう一度だけ繰り返してスザクの額を軽く指先で弾いた。
スザクは少しだけ恥ずかしそうに俯いたけれど、すぐにルルーシュの首にぎゅう、と抱きつく。
本当に参っていたのだろう、滅多に見せない甘える姿はもう大丈夫、というサインでもあった。
「僕、ちょっと欲張っちゃったみたいだ。ジノがいなくても、僕はシアワセだったのにね」
バチが当たったかな、なんて笑うスザクは本当に謙虚だと思う。
きっとシアワセだと言うけど、世間一般で言うシアワセなんて手に入っていない。
何でアイツでなければいけないのだろう。
アイツよりずっと愛して、甘やかして、スザクにたくさんの気持ちをあげるのに。
けれど、ルルーシュは自分ではダメだ、ということは嫌というほど分かっていた。
そう、あの日からずっと。
だから、他の誰にもスザクは譲らないけれど、ジノになら、とも考えていた。
なのに。
腕の中のスザクを上質のシルクで包むように抱き締めると、ルルーシュは紫紺の瞳を冷たく光らせた。
誰がアイツになんて可愛い子をやるものか。
to be continu...