ルルーシュという真綿に包まれたスザクは小さな子供のようだった。
ずっとルルーシュが傍について歩いて、彼女もそれを容認していて、固い絆が生まれているように見えた。
もちろん、ルルーシュだけでなく、カレンも相変わらずスザクを守るように隣にいて。
その様子ではジノがスザクに近づける機会などあるわけがなくて。
体育の授業中や廊下などで見かけることがせいぜい、といったところだった。
しかも、当たり前のように彼女の新緑の瞳は分厚い眼鏡に隠されたままで、ジノには一瞥もくれてくれない。
今までも真面目に人と付き合うことをしなかったためか振られる機会は少なからずあったものの、こんなに相手が気になるのは初めてだ、とジノは慣れない胸のもやもやにそっと胸に手を当てた。
思い出すのは綺麗にキラキラと光る彼女の瞳、少し低めだけれど心地よい声、柔らかな雰囲気、可愛らしい笑顔。
なのに、今のスザクにはどれも見えなくて、原因を作ったのが自分だと思うと何ともやるせない。
それより何より、スザクの隣にルルーシュが並んでいることがジノを酷く苛つかせる。
知らず手をキツク握り締めて、唇を噛み締める。
「そんなに気になるなら奪っちまえばいいのに」
少々過激な友人から放たれた言葉は最近ずっと頭の中に残っている。
珍しいほど鮮やかなオレンジ色の髪をした友人は何でそんなに悩んでいるのか分からない、と言わんばかりに肩を竦めていた。
欲しい物は我慢せずに奪っておかないと横から掻っ攫われても知らないぞ、なんて笑っていたが、今の状態は彼の言うまさしくその通りの状態ではないか。
自分が一度は手に入れたはずのスザクの隣にはルルーシュがいて―それは恋人という立場ではないとしても―。
例の夢は相変わらず夜になるたびジノの元へ訪れる。
最近では夢の中の少女の顔がどことなくスザクに似ているようにすら見える。
そのことに重症だな、と思わず溜息をついてしまう。
少女は相変わらず嬉しそうに両親と笑って薔薇園で遊んでいて。
ただ、変わったのは景色が燃えてしまって暗闇になってしまった後。
綺麗に整えられていた髪も可愛らしい服もぐしゃぐしゃになってしまっていて、少女が蹲っていた。
声をかけても彼女には届かないのか、彼女は泣きじゃくりながら必死に何かを叫んでいて。
手を伸ばしてもその手は彼女に触れることなくすり抜けてしまって、成す術もなく見守っていると彼女の叫ぶ声が耳に届いた。
『―とう様…かぁ様…―の…じのぉ…』
いつも名前を呼ばれた瞬間目が覚める。
悲痛に呼ばれる名前を聞いていつもいたたまれなくなって。
「…そういえば、スザク…初めて会ったときから私を知っていなかったか?」
スザクは風紀委員だし、自分自身目立つのは自覚していたからだと思っていたが、昔どこかで会っていた、と考えると。
想像してジノは思わず青ざめた。
久しぶりに会った友人に忘れられている…なんて、寂しすぎることではないか?
いや、まだスザクと自分が友人だったという確定じゃない、と頭を振るとジノは良し、と意気込んだ。
とりあえず、仲直りをしよう。
うじうじと悩むのは柄じゃない、と言い聞かせて登校するために用意を始めた。
陽の当たる道はとても暖かくて気持ちいいのだけれど何と無く気が重い。
スザクは天気にも外見にも似合わないような大きな溜息をつきながら前を歩くルルーシュの後ろに続いた。
「相変わらず大きな溜息だな。癖になっているんじゃないか?」
振り返ったルルーシュにくすくすと笑われて思わず眉をしかめていると彼の細い指がスザクの指に絡められた。
そのままぐいっと勢い良く引かれて隣へと促される。
スザクに元気が無い時にされるそれは幼い頃から馴染んでいて、隣に居ていい、という証拠。
現にそれはスザク以外では彼の兄弟達にしかされることはない。
小さな暖かさに浸っていると鞄を持った方の腕をきゅ、と暖かなものに包まれて、スザクは反対側を向いた。
そこには優しい微笑みを浮かべたルルーシュの弟であるロロがスザクの腕をそっと引いていた。
「…ロロ?」
「あ、えっと…その…兄さんの手、スザクさんに取られちゃったから、僕はスザクさんの手…かなって」
照れくさそうに言うロロは可愛らしくて思わず笑ってしまう。
笑ったことに対してロロは僅かに唇を尖らせていて、それさえも可愛いと言ったら怒ってしまうだろうか、と思った。
傍に居てくれる人に恵まれているなと思わず噛み締める。
「ルルーシュ、ロロ…「スザク!!」
お礼を言おうとした瞬間に後ろからかけられた元気な声と抱きしめられる感覚。
こんなことをする人も、あの太陽のように明るい声の持ち主にも心当たりはたった一人。
最近会うことがなかっただけに、心の準備はぜんぜんできていなくて。
「スザクさんから離れてください!」
庇ってくれるルルーシュと、引き離そうとしているロロの後ろに反射的に隠れた。
「…スザク?」
隠れたことに対してか、名前を呼ぶジノの声は少しだけ震えていた。
「スザク、私に、もう一度話す機会をくれないか?」
「なっ!スザクさんを泣かせておいて、図図しすぎです!」
「お前には関係ないだろ、今は黙っててくれないか!?」
怒鳴りつけられて、僅かにすくむロロの腕をそっとルルーシュが引く。
ルルーシュは小さく深呼吸をすると、真っ直ぐジノを見た後スザクの肩に手を優しく置いた。
「スザク、お前はどうしたい?ヴァインベルグはああ言っているけど」
「私…は…話を…聞く気はありません」
しっかりと言うと、ジノの顔からサッと表情が抜け落ちた。
「兄さん。スザクさん、行きましょう?遅刻しちゃう」
一言がかかり、先に歩き出したロロの後ろを学校に向かって歩きだす。
ロロはすっかり怒ってしまっているし、ルルーシュは先程から無言で取り付く島も無い。
何と無く気まずくて、スザクは俯いたまま歩いた。
なかなかロロが離してくれなくて、結局教室へと入ったのは始業時間ギリギリだった。
何とか遅刻は免れたものの、既に朝の出来事は皆に伝わっているのか、ルルーシュとスザクを見る目は様々。
ジノファンからの妬みや興味津々といわんばかりの好奇の視線。
思わずつきそうになった溜息を飲み込んで席につくと、カレンと視線があった。
後で話を聞かせてもらうわよ、と視線で訴えられると、スザクは軽く苦笑を返した。
ちら、とルルーシュに視線を向けると、彼は視線も気にならないのか頬杖をついて視線を外へと遊ばせている。
彼の度胸の良さを少し羨ましいと感じながら、スザクは黒板に視線を戻した。
黒板にはスザクの苦手な数列が白い線のように書き込まれていく。
それをノートに丁寧に写しながら、朝の出来事を思い出した。
ジノは何を話したかったというのだろう。
話ぐらい聞いてあげても良かったかもしれない、と思って、無意識にシャープペンでノートを軽くつついた。
何よりも、拒否した時の彼の驚いたような傷ついたような顔が忘れられない。
何で彼はそんな顔をしたのだろう。
カレン達の話ではジノは来るもの拒まず去る者追わず、で有名らしい。
その理論でいくなら、ジノに告白されたことも別れた後こうやって会いに来るのも彼らしくないということになりはしないか。
そこまで考えたところで、スザクはいけないいけない、と頭を振った。
こんなことを考えていては彼にほだされてしまいそうだ。
困ったことにスザクの中でジノへの好意は今だ健在で。
もう一度来たら、きっと話を聞いてしまうだろう、と簡単に想像がついて、スザクは思い溜息をついた。
その手の中で、無残に芯のおれたシャープペンがのの字の溝をノートに刻んでいた。
(あ、芯折れてたんだ)
カチカチ、とノックして芯を出すと再びノートに板書を写す。
けれど、頭の片隅にはどんなに追い出そうとしてもやっぱり彼がいて。
伊達に長い間片思いしていないなと感心すらしてしまう。
そういえば彼に始めて会ってからもうすぐ10年が経つんだな、と考えると板書を写す手を止めた。
会った当時、彼は7歳。
(…覚えてろっていう方が無理だよね)
無理やり思い込ませるように呟いて、少し遅れた板書を慌てて再開する。
しばらくして、授業の終わりを告げるチャイムが鳴った。
to be continu...