大好きなんだ。
本当に本当に大好きなんだよ。
この気持ち、どうしたらお前に伝わる?



ジノはそれから毎朝スザクの家へと通った。
最初の方は余程暇なんだね、と相手にしてくれなくて、一緒に登校するランペルージ兄弟にばかり構っていたスザク。
その度に凹まされた物だが、最近は少しずつ話に混ぜてくれるようになった。
尤も、ランペルージ兄弟はそれを良しとはしなかったが。
スザクと口を利くたび、特にロロの冷たい視線が突き刺さる。
今まで散々スザクを泣かせてきた自覚はあるから、何も言えないのだが、それでも少々辛い。
それに、当のスザクはというと…
「なぁ、スザク。大好きだよ」
「はは、何それ。何の冗談?」
これだ。そういう話になると頑として聞き入れようとはしてくれない。
それでも、拒絶されることがなくなっただけマシなのだけれど。



「おい」
教室へと向かうため、スザクと別れて足を進めようとした瞬間、呼び止められた。
振り返ると、スザクと同じクラスのはずのルルーシュが、じっとジノを見ていた。
こちらの心を探るように真剣な瞳で見られると、自然と動いていた足が止まる。
「お前、1時間目、サボれるか?」
言われた言葉に一瞬目を見張る。
話がある、ということなのだろうが、何故自分を良く思っていないだろう彼が自分を呼び止めるのは分からない。
「良いんですか?副会長がサボりの誘いなんて」
「御託はいい。話を聞く気はあるのか?ないのか?」
取り付く島も無いな、と息をつくと、仕方なく頷いた。
それをしっかり見た後、ルルーシュは無言で階段を昇り始めた。
ついてこい、そういうことか。
ジノは拳をきつく握り締めて彼の後ろについて階段へ足を運んだ。



ルルーシュの後を追い、屋上へと出るとジノは吹き抜けた風になびく髪を手ですいた。
「話、早くしてくれませんか?先輩」
「そうだな。俺もお前と長々話すほど暇じゃないからな」
嫌いだと気に喰わないと体いっぱいで伝えられているような言葉に思わず眉間に皺を寄せる。
ジノは目の前にいる自分より小さなルルーシュの姿が大きく感じ、重い息を吐いた。
「ジノ・ヴァインベルグ。お前はスザクをどうしたいんだ?」
「どうって…もちろんスザクと恋人になって…」
「傷つけるつもりか?」
冷たい声音と共に藤色の瞳がすぅっと細められる。
それは殺気すら感じるほどで、ジノは背筋が怖気立つのを感じた。
けれど、彼の言葉は聞き捨てならなくて、ジノは竦んだ体を叱咤して声を荒げた。
「違う!そんなことしない!私はスザクを愛して、優しくして…」
「…泣かしたくせに?」
ルルーシュの冷たい言葉にひゅ、と息を呑む。
違う、喉まで出かかった言葉は引っかかって空気を震わせるにはいたらず。
「覚えてなかった、知らなかった…言いたいのはこういうところか?」
図星を指されて一歩あとずさる。
ルルーシュの何もかもを見抜くようなそれが苦手だ、とジノは視線を反らす。
「それを差し引いたとしてもお前の行動は最低と呼ばれるものだと思うが?」
「それは!!これから、これから直せばスザクだって!!」
「随分都合のいい話だな。これからがあると思っているのか?」



コレカラガアルト思ッテイルノカ?



頭を思い切り横殴りにされたような衝撃。
目を丸く見開き固まっていると、話は終わったと言わんばかりにルルーシュは校舎へと戻っていく。
ジノはぎゅ、と拳を握り締めるとルルーシュの背を睨みつけた。
「それでも!私はスザクを諦めない!絶対に!スザクだって分かってくれる!私が変われば…」
「…もしまた泣かせるようなことがあれば、今度こそ許さない。お前とまた付き合うかどうか決めるのはスザクだ」
ルルーシュはそれだけ言うと、そのまま階段を下っていった。
知らず強張っていた力を抜くと、ジノは自らの額をごつ、と殴る。
そのまま頭を思い切り振って顔を引き締める。



くよくよするのは柄じゃない。
ジノは気を引き締めて階段を下った。



「すーざくーっ!!」
大きな声で名前を呼ぶと、スザクがくるり、と振り返った。
その表情は付き合っていた頃の柔らかなものではなかったけれど、彼女は決して無視したりなんてしない。
それだけが救いで、それだけがこれからを考えてくれているような希望だった。
勢い余って抱きつくと、スザクの体が僅かに強張る。
柔らかな体から優しい香りがして、ジノはそうっと目を細めた。
スザクの香り。
スザクの暖かさ。
やっぱり、これを手放すなんてできない。
ジノはふわふわの髪に鼻先を埋めて、抱き締める手に力を込めた。



「…ジノ?」
「スザク。大好きだよ、大好き。愛してる」
言い聞かせるように甘い言葉を囁くジノの様子にスザクは困惑していた。
ルルーシュとどこかへ行っていたから何か言われたのだろうことは容易に想像がつく。
けれど、それと今のこの状況が結びつかない。
それどころか次から次に囁かれる言葉。
優しい言葉だけれど、軽い物に思えてしまって、スザクはぎゅっと瞳をつむった。
「ジノ、そういう言葉は本当に好きな人に…」
耐え切れなくて抗議するように呟くと、勢い良く体を離される。
やっとまともに正面から見たジノの顔は、今まで見たことが無い程、必死で明るい空色の瞳は揺らいでいた。
「どうしてスザクは私の言葉を信じてくれないんだ!?」
泣きそうに揺れる声で言われ、スザクは困ったように笑う。
どこをどう信じろと言うのだろう。
どうして信じてもらえると思うのだろう。



君は昔から本当に…



「単純で…愚かだよね」



「…スザク…?」
言われた意味が分からなくて、ジノは目を真ん丸に見開いた。
「ヴァインベルグ卿は相変らずなんですね」
いきなり余所余所しい言葉を掛けられて、スザクの微笑みが冷たくて。
少し触れただけで壊れてしまいそうなそれにぞっとする。
「小さな頃から色んな物に守られて、何をしても許されて、人をたくさん傷つけても、貴方は傷つく事は無くて」
「…何を言ってるんだ?いきなり余所余所しくなって…」
幼い頃は家族は僕―スザク―に守られて。
どんなにたくさんの女の子を泣かせても”ジノ様と付き合えただけでも幸せだった”と許されて。
きっと貴方はその女の子達が心では泣いていることすら知らないのでしょう。
夜の真っ暗な闇の怖さも、心が傷つく痛みも何も知らない、真っ白な子供。
けれど、それが時に何にも勝る凶器になることも、貴方は知らない。
誰もがそうして育ちたいと願うだろう。
けれど、誰もが色んなハードルにぶつかって、転んで、それでも立ち上がって生きるのに。
「ヴァインベルグ卿は満ち足りているけれど…」



―カワイソウな人ですね



スザクはそれだけを呟いてジノの隣を通り抜けた。
寂しげな笑顔を浮かべて。
しばし放心していたジノを正気へと引き戻したのは、アーニャの携帯のシャッター音だった。
大袈裟なほど肩を揺らしてアーニャを見ると、猫のように細めたスカーレッドの瞳と目があった。
「…記録、ありがと」
「…何の記録だ…私が振られて放心してる記録?」
皮肉を込めて呟くと、アーニャは僅かに首を振った。
桃色の可愛らしい髪がそれに応じて揺れるのだけがやけに鮮やかで。
「…初めての障害にぶつかったジノの…記録」
「障害?」
「…乗り越え方、知らない?」
迷子みたいな顔してる、とアーニャが呟く。
その言い方が何とも言い得て妙で、ジノは苦笑を漏らした。
確かに今は道を見失ってしまっているかもしれない。
だって、どうすればいいのかわからないのだから。
返事に困っているジノを見て、アーニャは唇を薄く開いた。



「…本当、カワイソウ…」



to be continu...