スザクともう一度やり直そう。
"初めまして"から始めて、君と仲良くなって。
上質なシルクで包むように大事に大事にして、スザクが私に心を少しずつ開いてくれるようになったら。
そしたら、もう一度プロポーズして。
こんなに誰かに執着するのは初めてだよ、スザク。



その日、ルルーシュはジノを呼び出した。
彼からコンタクトを取ってくるのは初めてではない。
説教だったり、忠告だったり、用件は様々だったけれど、彼の言葉にはいつも意味がある。
言葉は多くは無かったが、どこかジノの手助けをするような言葉をジノへ残していく。
てっきり彼はスザクを好きだと思っていたから、一度ルルーシュは彼に何故、と問いかけたことがある。
すると、彼は酷く寂しげな瞳をして―俺では役不足だ―と呟いた。
彼の様子が何ともいえないような雰囲気だったので、ジノはそれ以来、彼に何も聞くことはしていない。
今日の彼の伝言はいつにも増して短かった。



―スザクの昔の実家に行ってみろ―



学校を早退して懐かしい道を辿ると、空き地になってしまっているそこに、彼女がいた。



彼女には似合わないほど真っ黒なワンピースを着て、彼女は空き地の真ん中にぽつんと立っていた。
まるで今にも倒れてしまいそうな、どこかに飛んでいってしまいそうな儚い背中。
ジノは空き地に足を踏み入れると足音を立てないように彼女に歩み寄った。
「…スザク?」
おそるおそる声をかけると、彼女はゆっくりと振り返り、曇った瞳にジノを映した。
スザクからは表情がすっかり抜け落ち、まるで死人のような雰囲気をかもし出していた。
思わずぞくり、と背筋があわ立ち、ジノは一歩後ずさった。
「こんなところで何をしているの?ジノ」
「…スザクこそ、何してるんだ?」
答えに詰まって鸚鵡返しに問いを返すと、スザクは視線を空に彷徨わせて、口を開いた。



「…命日だから、帰ってきたんだ」
消え入りそうな言葉はどんよりとした曇り空と同じように重く。
元々シリアスな話が苦手なジノには『命日』という言葉だけで体が重くなる。
しかも、スザクの様子はただ事ではなく、空気も息が詰まりそうなほど苦しい。
「命日って…おじさんとおばさん…の?」
「…うん。今日は…母さんと父さんが死んで…私がここから引っ越した日」
「引越し…?」
「うん、引越し」



まさか、引越しの理由が両親が亡くなったからだなんて知らなかった。
こんなに儚げなスザクの表情も知らない。
思い出の中のスザクは元気の塊だった。
それがこうなってしまった、なんて…それだけ彼女にとって大きな出来事だったのだろう。
性格を変えてしまうほどの衝撃。
幸い、両親にも財産にも周囲の人にも恵まれたジノには想像もつかない。
けれど、それはとてつもなく重い…



ジノはごくり、と息を呑むとそっとスザクの前に膝を着いて、翡翠を見上げた。
虚ろな翡翠が戸惑うようにゆらりと揺れる。
その瞳が助けて、と訴えているような気がして、ジノはそっと冷え切ったスザクの手を取った。
触れた瞬間、怯えたようにびくりと震える細い指が痛々しい。
「なぁ、スザク…」
冷たい手をそっと両手で包むと、それに額を押し付け目を伏せる。
まるで忠誠を誓うように、神に祈りを捧げるように。
ジノはそっと伏せていた瞳を開けると、真っ直ぐ真剣な瞳でスザクを見つめた。



「スザクの過去を、辛い気持ちを私に分けてくれないか?」



不思議とするりと出てきた言葉にスザクの瞳に僅かな光が戻ってくる。
それに僅かに胸を撫で下ろすと、ジノは立ち上がり小さな彼女の体をぎゅっと抱きしめた。
びくんと震える体を温めるように優しく、けれど強く。
「…ジノ?」
「一人で辛いことも、二人なら少しだけ、楽になれると思わないか?」
微笑みを浮かべながら言い聞かせると、スザクは大きな瞳を見開いて、ぼろり、と大粒の涙を零した。
涙で潤んで揺れた瞳は助けを求めているようにも拒絶のようにも見える。
スザクが少しでも頼ってくれるように、少しでも負担が軽くなるように。
願いを込めてぎゅう、と抱きしめると背中にそっと腕が添えられた。
力のこもっていないそれは、スザクの小さなSOS。
「スザク、私に教えてくれないか?スザクの抱えているもの」



「…助けて…くれる?」
消え入りそうな声が耳に届く。
ジノは大きく頷くとスザクの髪を優しく撫でる。
「勿論」
「…もう、一人にしない?」
「スザクがイヤだって言っても傍にいるよ」
「…僕のこと、嫌いじゃない?」
「大好きだよ、スザク」
何度も何度も言い聞かせる。
どれだけそうしていただろう。
スザクはやっと顔をあげてジノを見上げると、意を決したように口を開いた。



「ジノ、僕の記憶、聞いてくれる?」



to be continu...