ごめんね


スザクはクロヴィスから命じられてアリエス宮へと向かっていた。
渡されたメモにはアリエス宮への行き方が書かれていて、スザクは思わず溜息をつく。
なれない場所に行くということも気が重いが、朝まで文句を言っていたユフィを思い出すと、気分は沈む。
アリエス宮の大きな扉の前に佇むと、スザクはぴんと背筋を伸ばした。
中にいるであろう、主に会うために心の準備を整えて。



話は数日前に遡る。
ユーフェミアの手元に届いたのはクロヴィスからの手紙だった。
そこには、『枢木スザクをルルーシュ・ヴィ・ブリタニアの騎士にするのでよろしく』というそんなことが書いてあり。
読んだユーフェミアはスザクは渡しません、と大騒ぎ。
当の本人であるスザクはルルーシュってどの御方だろう、何で僕、と首を傾げていた。
スザク自身、自分はもう10年近くユーフェミアに仕えているし、それが変わるなんて考えた事もなく。
他の皇女殿下なんてろくに知りもしなかった。
唯一の例外であったのは、ユーフェミアの姉であるコーネリア。
しかし、彼女は彼女で、大事な妹の傍にナンバーズであるスザクがいるのは反対していて。
ルルーシュがスザクを貰い受けてくれるなら喜んで、といったところだった。
「どうしてルルーシュがそんなことを言うの!?私のスザクなのに」
「…ユフィ…けど、命令ですから…」
「クロヴィスお兄様の命令より私のお願いを聞いて下さい!」
「ごめんね。ユフィ」
結局、最後の最後までユーフェミアがうんと言ってくれる事はなかった。
だが、ナンバーズであるスザクに命令を蹴る事が出来るわけがなく。
スザクはユーフェミアからの非難の目を向けられながらもルルーシュの元へ…というわけだった。
もう一度目の前の大きな扉を見上げると、意を決したようにノックした。
中から落ち着いたアルトに入室を促され、知らず息を呑む。
目の前の豪奢な扉を酷く重い壁のように感じながら、その取っ手に手をかけた。
「失礼します」
一言断ってから入室して深々と頭を下げる。
勇気がなくてなかなか顔が上げられない。
「今日からルルーシュ殿下のお傍に仕えることになりました、枢木スザクです」
何度か舌を噛みそうになりながら挨拶を終えると、クスクス、と笑い声が耳に入る。
「あぁ、分かっているよ。いつまでそうしているんだ?私を見ないつもりか?」
それは失礼じゃないか?と茶化して笑う声は鈴のようにころころと涼やかな音色。
それに促されるように顔を上げると、漆黒の長い髪を腰まで伸ばした少女が椅子に腰を降ろしていた。
皇族特有の紫色の瞳はユフィの物より色彩が鮮やかで、宝石のように輝き、彼女の肌の白さがそれを際立たせている。
綺麗な人だな、と素直にそう思う。
「そうじろじろ見るな。私はルルーシュ・ヴィ・ブリタニア。これから宜しく頼む、騎士殿」
「あ、はい。こちらこそ、宜しくお願いいたします。一つ、お聞きしても良いですか?」
ずっと気になっていたことがある、とルルーシュを見上げると、彼女は何を聞かれるか予想はついていると言わんばかりに足を組んだ。
「何故自分なのか・・・と言った所か?そうだな、それはスザクが良かったからだよ」
答えにならない答えにスザクは怪訝そうに眉を寄せた。
もう少し聞きたいところだが、皇女は言及を許さないと立ち上がる。
そのまま踵を返して窓際へと歩くその後姿は少し寂しさが漂っているように見える。
(…あれ?)
寂しげな後姿ははじめて見たようには感じなくてスザクは僅かに目を丸くした。
「殿下…もしかして、自分と会ったことがありますか?」
まさか、とは思いますが…と問いかけるとルルーシュの肩が僅かに揺れてゆっくりと振り返る。
少し寂しそうな笑顔を浮かべながら。
「…それより、お前の部屋へ案内するよ。ここからは直通なんだ」
言いながら入り口に近い扉を開く。
そこには、調度品が一通り揃った少し小さめの部屋があった。
と言っても、1人で住むには十分すぎる広さだったが。
扉は2つ。
一つは廊下へ、もう一つはルルーシュの部屋の一つに繋がっていた。
初めて入る部屋を興味津々で見回していたが、はっと正気に戻ってルルーシュを振り返った。
「あの、ありがとうございました」
「気に入ったか?」
「はい、もちろんです」
「なら、これから宜しく頼む」
にっこりと微笑んで言われるとスザクは慣れた様子で膝をついた。



「イエス・ユアハイネス」



スザクに用を頼んで、ルルーシュは自室のソファに腰をかける。
先程まで傍にスザクがいたと思うと嬉しくて嬉しくて、自然と口角が上がる。
しかも、今回は一時的なんかじゃない。これからずっとだ。
けれど、そろそろあの子が来るだろう。
あの子は自分の思い通りにならないことなどなかった子だから。
「ルルーシュ!!お願いがあるの!!」
ほら、来た。
走ってきたのか、白い肌が薔薇色に色付いて、桃色の髪は少し乱れていた。
肩で大きく息をしてルルーシュを涙目で睨みつけてくる。
そんな顔をしていたら折角の『慈愛の姫』もないな、と思わず苦笑する。
「何故、笑うのですか!?」
「いや、久しぶりに会ったから懐かしいと思って。それで、どうしたんだ?」
「私のスザクを返して下さい!」
両手に拳を握りユーフェミアは真っ赤な顔をして睨みつけてくる。
きっとこうやって感情を体いっぱいで表現するのも初めてのことなのだろう。
箱庭に守られた綺麗な綺麗なオヒメサマ。



虫唾が走る。



思わずくくっ、と笑うと、ユーフェミアは握った拳を開いて高く上げた。
あぁ、ぶたれるのだろうか、と目を細めて視線を反らす。
「ユフィ、駄目だよ」
しかし、その手は振り下ろされることなくいつの間にか入室していた第三者の手に止められていた。
「…スザク…」
「駄目だよ、人をぶったりしちゃ。殿下は君の姉君だろう?」
「けれど、スザク!私は貴方を!!」
スザクにぎゅうと抱きついて嫌々と首を振るユーフェミアはあまりに幼い。
ついてしまいそうになる溜息を飲み込んで、ルルーシュはスザクに近づいて、その肩を優しく撫でた。
その手を躍起になったユーフェミアが叩き落とす。
じん、と痛む手の甲に視線をやり、次いでユーフェミアを見ると、彼女は涙目で睨みつけてきた。
「ユフィ。僕はもうルルーシュ殿下の騎士なんだ。だからごめん」
「そんなの、私が何とかしてあげる!コゥお姉様に頼めば何とかしてくれるから…」
必死ですがりつくユーフェミアを困ったように見つめてスザクはゆるりと首を振った。
それを見て、彼女の堪えていた涙が瞳から零れて、逃げるように部屋から立ち去っていく。
その背中は寂しくて、スザクは足元に視線を落とすと寂しそうに呟いた。
『ごめんね』
辛そうに呟かれた言葉を、ルルーシュは聞かなかったフリをして踵を返した。



無理やり留めた騎士様。
それに、何の意味があるのか。
けれど、今は…そのぬくもりを手放すことなど出来なくて。



ルルーシュはスザクの広い背中にそっと寄り添いぎゅう、と抱きしめた。
to be continu...



スザクとユフィが登場です。
ちなみに二人の関係は完全なるユフィの片思いですよ。