触れ合う指先
いきなり世界が色付いたようだった。
スザクが来てから、毎日が楽しくなり、冬の雪に埋もれていた庭に一気に春が来たようだった。
それが自分の我侭で成し得た偽りの春だったとしても。
傍らに控えるスザクは相変わらず敬語も『ルルーシュ殿下』という呼び方も変わることは無く。
相変わらず一線を引いたように接していた。
それに不満を感じないことも無かったが、優しいスザクに甘えて、彼を近くにおいていた。
スザクが差し出してきた招待状を開いて軽く溜息をつく。
今宵ダンスパーティを開くので是非出席をと願うそれ。
直前の今日になって言って来るとは、さしずめ自分を引き立てるためのコマにでも使うつもりか。
スザクも困惑しているのだろう、その瞳は僅かに揺らいでいた。
しかし、ナナリーを目の仇にしているカリーヌの誘いだ。
もし断れば、またこのことでナナリーを罵るのは目に見えている。
思わず舌打すると、少々乱暴に椅子から立ち上がると、背後で椅子がガタンと音を立てて倒れた。
「ルルーシュ殿下?」
「支度する。スザク、お前も…パーティ用の礼服なんて持ってないか?」
「多少はあります。大丈夫です」
「そうか。ならお前も用意しろ。2時間後、迎えに来てくれ」
「イエス、ユアハイネス」
それにしても、とルルーシュは中身は少ないくせに無駄に大きなクローゼットを観音開きに開く。
がらんどうとした中には、黒を基調としたドレスばかりが並んでいる。
華やかなパーティという場に似つかわしくないその色。
いつもならばその色を身につけるのだが、今回のことは少々気に障る。
「どうせ、私をだしにスザクを笑いのネタにしたいのだろう」
黒の役立たずの皇女に負け犬の騎士。
大層楽しい話題だろう。
想像しただけで虫唾が走る。
しかし、残念。今回は簡単に笑いものになる気はないよ。
ルルーシュはニヤリ、と口元に笑みを浮かべるとクローゼットの奥から深紅のロングドレスを取り出した。
レースもあしらわれていないそれはいたってシンプルなデザイン。
足元のスリットからは真っ黒なレース地の控えめなフリルが覗く。
「まさか、着る日が来るとはな」
去年の誕生日に妹に贈られたそれは、少し気後れしてしまって、ずっと仕舞ったままだった。
眩しそうに目を細めて、ドレスを広げると、鏡の前でそれに腕を通す。
隅から隅までサイズを採寸したかのようにぴったりと体にフィットするそれに、妹の思いやりを感じて、笑みを浮かべた。
いつもは控えめにしかしない化粧を、今日は少しオマケつきで施して。
真っ赤なルージュを唇に乗せると、黒いストールショールをそっと羽織った。
数回しか袖を通したことのない礼服は少し大きいな、とスザクは苦笑を浮かべた。
純白の燕尾服に良く似たそれは、袖口を金糸に縁取ったそれはスザクの凛とした雰囲気を際立たせている。
少しギクシャクとしながら扉をノックして入室すると、ここしばらくあまり見ることの無かった赤が目に入った。
それを纏っていたのが主だと気付いた瞬間にスザクは一瞬目を瞬く。
振り返った主は初めて見た『女』の顔をして綺麗な笑みを浮かべていた。
思わず見惚れてしまっていると、ルルーシュがスザクの肩を優しく叩いたことで正気に戻る。
「よく…お似合いですね」
「ありがとう、スザク。今日はパーティ。任務じゃない。だから、私のパートナーになってくれるか?」
すっと手袋に包まれた細い腕を騎士へと伸ばすと、彼は躊躇しながらその手の甲に口付けた。
「イエス、ユアハイ…「違うだろう?今日のスザクは騎士じゃない。パートナーだ」
にっこりと微笑むと、スザクは困ったように眉尻を下げて、手の甲に額を添えた。
「イエス、マイレィディ」
弦楽カルテットの優雅な音楽が開場を満たし、貴婦人達の笑い声が華やかさを添える。
その中でも一層の華やかさを誇るのは今回の主賓であるカリーヌと第三皇女、ユーフェミア。
無邪気な華と優しげな華は開場中の視線を集めている。
鈴のような声を転がしてカリーヌが笑う。
「そうそう、ユフィ姉様。今日はルル姉様をお呼びしたの」
「ルルーシュを?」
「そう。あんなお姉様でもたまには誘ってあげないとカワイソウだもの」
馬鹿にしたような、哀れむような言い方にユーフェミアの細い眉が僅かに寄せられる。
ユーフェミアはこのカリーヌという妹がどうも苦手だった。
可愛らしいけれど、人が悲しくなる言葉を平気で口にする子。
ルルーシュもナナリーも同じ姉妹なのに。
考えると沈んでしまいそうになるのを必死に押さえ込んで、ユーフェミアは微笑んだ。
その時、ざわ、と開場がざわめき、それに促される形で視線が開場の入り口に集まる。
現れた2つの人影に誰もが息を呑む。
深紅の衣を纏った絶世の美少女に、それをエスコートするまだ幼さを残す異国の少年。
「うっそ…あれ、ルルーシュ!?」
「…スザク…?」
ひどくお似合いに見えるカップルに、ユーフェミアはきゅ、とスカートを握り締めた。
ついこの前まで、スザクの隣にいたのは自分だったのに。
いや、スザクにエスコートなんてしてもらったこともない。
パーティにパートナーとしてつれていったことなんて無かったから。
悔しさに瞳を揺らしていると、こちらに気付いたのか、ゆっくりと2人が歩み寄ってきた。
「こんばんは。カリーヌ。今日はお招き、有難う?」
「まさか来て頂けるとは思わなかったわ。姉様の真っ赤なドレス姿なんて初めて。良くお似合いね」
けど、黒の方がお似合いよ、と腰に手を当てて鼻で笑うとカリーヌはちらり、とスザクに視線をやった。
イレブンも良くお似合い、とくすくす笑うそれに、今度は反応したのはユーフェミアの方だった。
「スザクは日本人です。イレブンなんて言わないで!」
「…そうだった。ユフィ姉様もコイツの毒牙にかかっていたんだったわ。本当に嫌な人」
じろ、とスザクを睨みつけるカリーヌから守るようにルルーシュが間に割って立つと、そっとスザクの腕を取る。
それにまた、面白くなさそうにカリーヌが苛立った表情を隠すことなくルルーシュを睨み付けた。
ただのダシに使うつもりだったルルーシュの方が視線を集めてしまい面白くないのだろう。
しかも、家柄がしっかりしているユーフェミアまでルルーシュの肩を持つ。
カリーヌは唇を軽く噛むとフリだけで挨拶をしてみせた。
「それではお姉様方、今日は楽しんでいって下さいませね?それでは」
「あぁ、ありがとう。カリーヌ」
にっこりと微笑みを貼り付けて手を振ると、隣でスザクが臣下の礼を取った。
「ねぇ、スザク。踊りませんか?」
「ごめんね、ユフィ。今日は僕はルルーシュのパートナーだから」
申し訳無さそうにするスザクの返事に思わず胸が高鳴る。
ユーフェミアには悪いが、彼女ではなく、自分を選んでくれたスザクの心が嬉しい。
笑みを浮かべてしまいそうになるのを抑えて、スザクの服をきゅ、と掴むとその手をスザクが握った。
「…スザク?」
「踊ろう、ルルーシュ。今日の僕達はパートナー。そうだろう?」
すっと手を優しく引かれ、その腰に手を添えられる。
そのまま広間の中央まで導かれると流石に焦ったようにスザクの胸を軽く押した。
「…スザク、何のつもりだ?」
「だって、ダンスパーティなんだろう?パートナーなんだし、一曲くらい付き合ってよ」
強引とも言えるそのエスコートにルルーシュは苦笑を浮かべて相手のリズムに合わせるようにステップを踏む。
すると、スザクの表情に笑みが浮かぶ。
どこか幼さを思わせるその表情は初めて見るもので、ルルーシュは頬を僅かに染めた。
あ。
スザクは思い出したように声を上げると申し訳無さそうにルルーシュを見つめた。
「僕、ダンスは得意じゃないんだ。だから…」
足、踏んじゃったらごめんね?
こてん、と首を傾げるスザクの動作はとても幼い。
可愛い可愛い俺のスザク。
「極力、注意してくれると嬉しいな」
「頑張るよ、ルルーシュ」
にっこりと微笑みルルーシュはスザクの腕に体を委ねた。
触れ合う指先から伝わるぬくもりが酷く暖かい。
今まで自分から触れることは多かったが、そういえば触れてもらうことは初めてなのだ。
そう思い当たった瞬間に今の時間が酷く大事なもののように思える。
スザクのつたないステップが可愛いと思う。
足を踏まないように必死にステップを辿る瞳も可愛い。
そんな難しい顔をしてダンスをしなくてもいいのに。
彼は彼なりに自分に恥をかかせないようにと必死なのだろう。
「スザク、少しくらいなら足を踏んでも構わないから、もっと楽しんだらどうだ?」
けれど、どうせなら一緒に楽しみたい。
「そうだね、楽しまないと、ね」
「あぁ、楽しもう、スザク」
そう、偽りの時間だとしても、今だけは。
この指先のぬくもりは自分だけのもので。
to be continu...
ワルツって萌えるよなぁ…という産物。
本当はユフィよりルルーシュをきっぱり選ぶスザクを書きたかっただけなんです。
あとは「yes,my lady」って言わせたかっただけ。
折角のオヒメサマ設定ですしね!!