夜の帳がゆっくりと今日も大地を藍色に染め上げる。
闇に塗りつぶされていく様子を高い塔の上から見下ろすと、風が男の髪を靡かせた。
遠いかの地を目隠しに隠された瞳で見つめると男はニヤリ、と口元を歪めた。
その笑みは、楽しみで仕方が無い、と言った様子で、見る者の背筋が凍りそうな、そんな笑み。
「もうすぐ行くよ、”スザク”」
恋人に囁くようなそんな甘い音で呟くと、男はマントを翻してかの地へ背を向けた。
遠くからかすかに彼を呼ぶ声が聞こえる。
長い間、目を塞いで生きてきたためか、随分耳が聡くなってしまったな。
男は風にあたり、少し冷たくなってしまった耳にそっと触れて城内への階段を下る。
「おい、どこだ?」
「そんなに呼ばなくても、俺はここにいる」
そう。俺はここにいるよ、――。
城の中は夜になると床を照らすのは蝋燭の頼りない灯りだけになる。
そんな、足元もおぼつかなくなりそうな暗さの中、暗さなど関係無いと言わんばかりの速さで歩く男を見てC.Cは苦笑した。
元より目隠しの男には灯り等必要なない。
彼は気配だけで家具や壁を察知して歩いているのだから。
しかし、先へ先へと行く彼に小さな疑問を感じてC.Cは口を開いた。
「アイツの居場所は分かっているのか?」
ぴたり、と男の足が止まる。
彼の目の前にある扉の先に居る人物を思い浮かべてC.Cは愚問だったことを知る。
すっと振り返る彼の口元は意地悪な笑みを浮かべていて。
「君らしくない質問だな。彼はこの部屋で待ってる。違う?」
「…そうだな。その通りだ」
重い、装飾が施された扉に手をかけるとゆっくりと開く。
部屋の中で足を組んで、玉座に腰を掛ける”アイツ”と視線が合うと、男は口元をきゅ、と引き絞り、膝をついた。
「お待たせして申し訳ありません」
「いい。それよりその白々しい態度はやめろ。いつも通りで構わない。それより…」
玉座に腰をかける男は、腰を上げて男に近づくと、その肩にそっと手を乗せて厭味なほど優しい笑みを浮かべた。
「待たせたな。用意は出来た。狩りにいくぞ?セイリュウ」
玉の言葉に男―セイリュウ―の背筋がぞくぞくと震える。
目隠しに隠された瞳をそうっと細めると、セイリュウは頬を撫でてきた王の手にこてん、と自ら頬を擦り寄せて、嬉しそうに笑った。
子供のように無垢だけれど、どこか壊れているような、そんな笑顔で。
「イエス、ユアマジェスティ」
「出発は明日の早朝、目的地は…辺境国、ランスロット」
王は白くて細い指を横に薙ぎ、セイリュウのC.Cに視線をやった。
「さぁ、宴を始めようか」
所変わって辺境国、ランスロット。
豊かな自然に育まれたこの地は、その恩恵に預かった様々な農産物を貿易の売りとしている。
その豊かな土地故か、近隣諸国から幾度となく土地を巡って戦を仕掛けられていたが、一度も負けたことが無いことが誇りだった。
聡明な王、スザクと彼を守る騎士団”トリスタン”団長、ジノ・ヴァインベルグ。
まだ若い2人の名は数々の英雄伝と共に風に運ばれ、人々の耳に入った。
武勇伝もさることながら、優しい人柄故か、スザクという男は民衆の支持が厚かった。
しかし、彼はなかなか民衆の前に顔を出すことは無い。
それどころか、城の外から一歩も外に出ないことで有名だった。
何か理由があるのか、それさえも分からず、それゆえ、民衆は哀れんで彼をこう呼んだ。
―籠の中の赤い鳥―と。
ジノは空になっている玉座を見て肩を落とした。
すぐに家臣達が陛下を探して探し出すだろう。
その前に見つけ出して連れ戻さないと。
よし、と息づくと、ジノは場所に見当をつけてふわりとマントを翻して部屋を出た。
「見つけた」
小さな中庭の芝生の上に真っ赤なマントを見つけて、ジノは駆け寄って隣に座った。
すると、閉じていた瞳がゆるゆると開いてスザクの翡翠の瞳がジノを映す。
スザクのその澄んだ瞳をジノは気に入っていた。
「もう、時間?」
眠気が残っているような甘い声で呟くスザクの髪に指を絡めると、スザクはふにゃりと笑う。
その表情には街で囁かれるような賢君の面影は少しもない。
このスザクを知るのはジノだけだと思うと愛しくて、ジノはまだ重そうな瞼にそっと口付けた。
「眠いトコごめんな?皆探してるし、行こうか」
「うん、分かった。行くよ」
もそり、とスザクが体を起こすと、がさがさと第三者の靴の音がした。
ジノがとっさに身構えると、顔を出したのは友人のアーニャで、ジノはふっと力を抜いた。
いつも無表情の彼女にしては珍しく肩を弾ませている。
「どうしたんだ…?」
「大変」
彼女はぽつりと呟くとぎゅ、と眉を寄せ報告した。
―ガウェインが攻めてきた―
と。
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