ルルーシュの腕の中でひとしきり泣いたスザクはしばらくすると、ベッドの上で正座した。
「シュナイゼル殿下。僕の処分はどうなるんでしょうか?」
言われるであろうと予想していた言葉がスザクの唇から紡がれる。
処分なんて必要ない!と思わず募ろうとジノが腰を上げると、それをルルーシュの手が制した。
何故止めるというのか、とルルーシュに視線をやると、彼は静かに首を振った。
邪魔をするな、というように。
シュナイゼルの小さな溜息がけして狭くない部屋に響く。
「君ならそう言うと思って手配してあるよ」
思いもかけないその言葉に、まず反応したのはジノだった。
「待ってください!スザクは処分されるようなことは!!」
「分かってくれないかな?スザクは仮にもラウンズだった。そんな立場の人間が裏切って、何もお咎め無しでは示しがつかなくてね」
私としても心苦しいのだが、というシュナイゼルは笑っていて、胡散臭く見えて。
思わずカッと逆上しそうになったのを冷静に戻したのはルルーシュの冷たい視線だった。
何も言うな、といわんばかりに送られる視線に、浮かせた腰をそっと降ろした。
ルルーシュがスザクを想っているのはジノも良く分かっていたし、大切にしているのも知っている。
そんな彼が何も言わないのだから理由があるのだろう、と。
「それで、本題に戻るけれど、スザクには服役をしてもらおうと思っているよ。10年間」
「…はい」
シュナイゼルの決定にルルーシュとジノの冷たい視線が注がれる。
当の本人であるスザクは瞳を伏せて静かに聞いていたが。
「そんな目で見ないでくれないか?名目上は服役という形だけど、ブリタニアの田舎の農業施設での奉仕活動なんだ」
農業に関する研究をしている施設なのだよ、と説明すると、スザクの髪をそっと撫で付ける。
「もちろん、施設外への外出、脱走は厳禁。だけど、施設の中でなら自由にしてくれて構わない」
「自由…いいんですか?」
「もちろん。それは君の今までの功績に対する情状酌量の余地だからね」
中で恋人を作っても結婚だっけしてもいい、と続ける彼は横目でジノを捕らえる。
「ただ、問題があってね」
含みを持たせるその言葉にジノだけでなくルルーシュの眉間にも薄い皺が刻まれる。
処分は決定事項であるし、スザクが断るわけでもない―断ることなど許されないのだが―。
それに何の問題があるのか。
「スザクは由緒正しい血族だからね、1人施設に放り込むわけにはいかないし、監視役が必要なんだが、残念ながら何の得もないナンバーズの監視役などしてくれる人がいなくてね」
10年もスザクと生活するのを頷いてくれる人がいない、とわざとらしいほど大きな溜息を零す。
芝居がかったそれに、ルルーシュの瞳が胡乱げに細められ、小さく毒づいた。
シュナイゼルのその行動が何を求めているかなど嫌でもわかる。
無駄に彼に育てられたわけではない、スザクは、彼の行動の意味を察するとそっと彼の服の裾を引いた。
「殿下…僕の監視役は一兵卒で十分ですよ」
「そうはいかないよ、私の可愛い娘をそんな馬の骨とも知れない輩に預けられない」
でも、と言い募ろうとしていると、ジノがシュナイゼルにしっかりと頭を下げた。
それを複雑そうに見つめるスザクの瞳は不安げに揺れていて。



「私を監視役に任命して頂けますか?シュナイゼル殿下」



その言葉を聞いて1人は当たり前だという顔をして、1人は満足げに微笑み、1人は困ったような顔をした。
「なら、お言葉に甘えようか」
シュナイゼルの言葉に駄目だと言わんばかりにスザクが服の裾を引く。
それを横目で見ながら、気にすることは無く、シュナイゼルはジノを見据えた。
「父上には私から話を通しておくよ、君の立場の保障はしないが」
「構いません。宜しくお願いします」
「ジノ!何馬鹿なこと言ってるんだよ!!」
ジノのマントを必死で掴んで悲痛な顔をするスザクを見て、ジノは安心させようと一際優しく微笑んだ。
そっと手を伸ばして、スザクの両肩にそっと手を添える。
「今度こそ、スザクを幸せにさせてくれないか?俺がスザクを守る」
肩に添えていた手に力を込めて捕まえるように抱き締める。
「好き、愛してるよ。俺がスザクの帰る場所になる。だからスザクが俺の帰る場所になってくれないか?」
「帰る場所?」
まだ戸惑うように見つめているスザクの翡翠の瞳を見つめるとジノはにかっと笑った。
「まずはただいまとお帰りの練習だな!」



木の香りがいっぱい詰まった温室の中でスザクは大きく深呼吸をする。
そうすると洗われたようにすっきりとして、気持ちが良くて。
よし、と小さく意気込みすると、水をやるための如雨露と軍手を片手にしゃがみこんだ。
目線の高さには、幼いころよく育てていた朝顔が私を見て、と言わんばかりに花開いていて見る者を和ませる。
幼いころは植物の世話は苦手だったが、今はあながち嫌いでもないかもしれない、と思うようになった。
毎日水をやって、毎日草むしりをして。少しだけ研究も手伝って。
時折お忍びで面会に訪れてくれる友人達は不自由はないかと心配してくれるけれど。
不自由だなんて贅沢だと思うほど、今のスザクは心穏やかだった。
確かに、買い物にも出られないのは少しだけ残念だったけれど。
それでも私は幸せだと胸を張って言えるほどに幸せだった。
「スザク。今日の仕事はそれで終わりなんだろう?」
後ろから大きな手で乱暴に撫でられて、スザクは振り返る。
こんな風に触れてくれる人に心当たりは一人しかいなかったから。
にっこりと微笑んで、背の高い彼を見上げた。
「うん、そうだよ。これでおしまい」
「お疲れ様」
優しく労ってくれる彼は構って貰いに来たのだろう。
仕事終わりを狙ってくる時は大体そうだ。
暖かなスキンシップを求めてくる。
だから、汚れた軍手を取って、片付けると、彼の手をそっと握る。
そうすると自分よりほんのわずかに暖かな手がきゅ、と握り返してきて、彼の表情は嬉しそうになる。
一度まるで大型犬のようだ、と言うと怒られたけれど、本当に似ていると思う。
キラキラの金の髪はゴールデンレトリバーを思わせるし。
がっしりとした体躯と包み込むような優しさは本当に…
犬だよなぁ、と口にしそうになって慌てて口元に手をやった。
それを見て不思議に思ったのであろう、ジノが後ろから寄りかかってきたのを軽くあしらうと不満そうな声が漏れた。
こういう可愛らしい処は嫌いじゃないな、と背伸びしてそっと口付ける。
触れるだけのそれは到底満足感を得るようなものではなかったけれど、しっかり固まっているジノは見物で。
「さ、帰ろう。今日も疲れたー」
ジノを置いてばたばたと居住区に向かって走り出すと後ろを少し顔を赤くしたジノがついて来る。



居住区のドアをくぐる前にスザクを抜かしたジノが、くるり、とスザクの方を向く。
ジノはあの日のように、にかっと笑って口を開いた。



「お帰り、スザク!」
「うん、ただいま!!」



―ちゃんと出来る様になったよ、ただいま、とお帰り。


―じゅあ、次の練習は…本当の家族になる練習、かな?


 枢木スザクさん、外へ出たら私の家族になりませんか?


―喜んで。




お、終わりです。無理やり終わらせた感がなきにしもあらずですが。
やっぱりスザクは何も無しでは納得しないんだろうな、って思ったので;
お付き合い有難う御座いました。


End