穏やかな日差しは雪の白さに反射して、少し眩しい位キラキラと光っている。
降ったばかりの深雪はまだふわふわと綿のように柔らかくて、幼心は不思議と弾む。
小さな足跡を、小さな手形をそこに刻みつけたくて仕方ない。
けれど、庭に飛び降りようとした瞬間、それはC.Cの手によって止められた。
彼女も母様も皆心配しすぎなんだ、と頬を膨らませると『父様が来たらな』と窘められた。
だから、ビャッコは父が来るまで寒くて冷たい縁側に腰を落ち着けてじっと外を見ている。
父が来たらすぐに出られるように、防寒の為にきっちり着物を着こんで。
まだかな、まだかな。
わくわくしながら雪を見つめていると、奥から母の少し弾んだ声が聞こえた。
それを聞いて飛び上がるようにビャッコは立ち上がって母の元へと駆け寄った。
頭の大きな幼児体系では、すぐ転びそうになってしまい、体制をなんとか立て直しながら必死に走る。
あの嬉しそうな母の声は父が来た証拠だ。
雪。雪。父様と雪に足跡を残すの。そこに母様の足跡もあるともっと良い。
けど、最近体の具合が悪いようだからきっと無理だろう。
無駄に広い広間を走って奥へ向かうと、通りすがりの女房達に『気をつけてください』と声をかけられる。
いつもなら元気に返事をするのだが、それも今日はお休み。
だって雪が降っているんだ。
早くしないと溶けてしまう。
飛び込むように母の部屋に入ると父の背中に飛び込んだ。
反動で前かがみになってしまう父は何とか体制を整えて、苦笑を浮かべる。
「おはよう、ビャッコ。駄目だろ?部屋の中で走っちゃ」
重くなってきた、と母に言われる体を軽々抱き上げて膝に乗せて抱きしめる。
抱きしめられるのは好きだけど、今日の目的はそれじゃない。
父の着物をきゅ、と引いて、ビャッコは腕の中から抜け出した。
「ととさま、おにわ。あそぼ」
つたない言葉遣いではあったけれどそれだけで察したのだろう、父はにっこりと笑って頷いた。
「あぁ、それでこんなに厚着なんだ?分かった。行こうか」
待ちわびた言葉にぱっと笑顔になると袴の裾を払って父が立ち上がる。
次いで母も立ち上がりかけたがそれを父が片手で制した。
「ルルーシュはちゃんと厚着してからおいでよ。そんなカッコじゃまた寝込む」
「止めはしないんだな」
てっきり止められると思ったのだろう、きょとんとしながら父を見上げている。
父は思わず苦笑を浮かべながらビャッコへと視線をやった。
「止めたいのは山々だけどね、ビャッコは母様と一緒だと喜ぶから」
でしょ、と同意を求めるように向けられた視線にこくこくと振り切れんほど首を縦に振った。
それを見て、母はくすくすと笑って、C.Cの用意した衣を手に取った。
「ととさまー。おにわ、ゆーきっ」
「よし、行こう。雪だるま作ろう」
草履の上からしっかり足元まで布で覆っていざ、雪を踏みしめる。
ほのかに足に冷たさが伝わって驚いて手を引く父の足に抱きついた。
ふわふわな雪は見たことはあったけれど、そういえば触るのは初めてだった。
去年の雪の日は熱を出してしまったし。
初めての雪はふわふわだったけれど、酷く冷たかった。
「ビャッコ、雪、嫌い?」
抱きついたまま固まってしまい、動かなくなった息子を不思議に思ったのか、父が顔を覗きこんだ。
そんなことないとふるふると首を振ると、父がしゃがんで大きな手で雪をすくって楕円に丸めた。
固めた雪をおぼんの上に乗せて柊の葉を二つ乗せて。
「ととさま?」
「母様が来る前に母様に贈り物を作るんだよ。ビャッコも真似してごらん」
よく分からないと思いながらも父の真似をして雪を握る。
父の物と違って小さくて、形も歪だったけれど、父は上手だねと笑った。
柊の葉をちょん、と刺すと仕上だね、と庭の奥へと父が歩いていく。
置いていかれるのは嫌だけれど、母への贈り物の雪の形を整えることに集中する。
「ビャッコ、最後はこれを使うんだよ?」
微笑みながら差し出されたのは真っ赤に色付いた南天の枝。
父はそこから南天の実を2粒取ると、雪の塊にちょんちょんと乗せた。
するとそこには現れたのは真っ白な…
「うさちゃーんっ」
「うん、うさぎの出来上がり。はい。ビャッコも目をつけてあげて?」
「うんっ」
雪を崩さないようにちょんちょん、と真っ赤な実を乗せる。
けれど、父のうさぎと違ってやっぱりどこか歪で。
こんなの母様に見せられないと思っていると、奥から母がやってきたのを見て慌ててそれを背中に隠した。
「ビャッコ?どうしたんだ?」
不思議そうに首を傾げる母の姿と、苦笑しながら見つめてくる父の姿に泣きそうになってくる。
意味が分からない母は父が意地悪をしたのかと目を細めて父を見ているし。
違う。僕が上手く出来なかったから。父様は悪くないよ。
必死に弁解しようとした瞬間手を離してしまって、隠していたうさぎは雪に帰って行ってしまった。
「うさちゃーん…」
「大丈夫だよ、これくらいなら治してあげられるから」
小さな雪の塊になってしまったうさぎを優しくすくいあげる父の手は僅かに赤くなっている。
縁側に腰をかける父の隣によじ登ると、その手元をじっと見つめた。
まるで魔法をかけられたように少しずつ傷が治っていく。
時折雪も足して、元の形より少しだけ大きくなって、父は『成長しちゃったね』と笑った。
それを、父の大きなうさぎの隣に並べて。
「仕上げはビャッコのお仕事だよ」
再び差し出された2枚の柊の葉と2粒の南天の実。
さっきと同じように取り付けると、やっぱり歪なうさぎ。
父が治してくれて、体は綺麗になったのに、と情けなさがこみ上げてくる。
母は、小さなビャッコのうさぎを両手でそっと掬いあげて、小さく笑った。
「かわいいうさぎだな。父様が作ったのよりよっぽど可愛い」
「えー、僕のは可愛くないの?」
「お前のは無駄にでかいんだ。うさぎは小さい方が可愛いに決まってるだろう」
母も父も楽しそうに笑って、ビャッコのうさぎを挟んでいた。
「あのね、かあさま。それ、あげるー」
その中に入りたくて、ビャッコは父との間に割って入ると、母のために作ったのだと主張した。
歪な歪な小さなうさぎは大好きな母への贈り物。
だから本当はもっと綺麗な可愛いのをあげたかったのだけど。
大きなうさぎは大好きな父が大好きな母への贈り物。
凄く綺麗に出来ているけれど、母に可愛くないと言われてしまったうさぎ。
「おっきいうさちゃんはととさまがかかさまに、あげるのっ」
だから可愛くないなんて言わないで。
意図を汲んでくれたのだろう。
母は小さなうさぎを大きなうさぎの隣にちょんと置いて、『ありがとう』と笑った。
「じゃあ、これで完成だね」
父が子うさぎの隣並べた3匹目のうさぎは大きなうさぎより少しだけ小さかった。
完成とはどういうことだと首を傾げて見上げると、父はうさぎを一匹ずつ指差した。
「一番大きな子が僕で、中くらいの子がルルーシュ。小さな子はビャッコ」
家族だ、と手を叩いて喜ぼうとした瞬間、母の手が雪へと伸びた。
「待て、それなら足りないぞ?」
母の言葉に思わず父と二人顔を見合わせる。
足りないとはどういうことだろうか、と。
母は不思議そうに見つめる2人の視線も気にせず、子うさぎより更に小さなうさぎを作り出す。
それを子うさぎと母うさぎの間に並べて満足げに胸を反らす。
「これで完成だっ!」
何が何だかわからないと首を傾げるビャッコを尻目に何かを悟ったのか、父が目を見開いていく。
「ルルーシュ…あの…まさか…」
「”おめでた”だそうだ、スザク」
照れくさそうに笑う母。
「…ありがとう、ルルーシュっ!大好き!」
ぎゅう、と母を抱きしめて父は泣いていた。
ビャッコはわけが分からなかったけれど、父は酷く嬉しそうに泣くので大人しくそれを見ていた。
ゆきと一緒に新しい命が舞い降りた。
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