ルルーシュは最近不信に思うことがひとつ、ふたつあった。
一つ目は、以前ほどスザクが顔を出してくれなくなったこと。
二人目の妊娠が分かってからは毎日のように顔を出していたのに、ここ数日、めっきり顔を出してくれない。
寂しくないと言えば嘘になるが、彼にも仕事があると言い聞かせている。
それは別にして、問題はもう一つの方。
どうも、ビャッコがつれない気がする。
つい先日までもうすぐ産まれる子の方で忙しくて構って上げられ無かったから、と構えていたのに。
「ビャッコ、今日は一緒に散歩しようか?」
「だめっ、かかさま、おだいじに、なんでしょ」
いってきまーすと元気に出かけていく息子。
元気なのはいいけれど、見えないところで何をしているのかと思う。
「なぁ、C.C…ビャッコは何をしているんだ?」
「正確には、ビャッコとスザク…だな」
「なっ!!スザクまで一緒にいるのか!?」
ルルーシュの反応を見て、C.Cは小さく笑った。
「確かめてみたらどうだ?ビャッコを追いかけていけば分かるだろう?」
追いかける…心の中で反芻して、そっとお腹を撫でる。
大きなお腹はルルーシュの行動を制限してしまっていて、自由にできることは少ない。
とても大切な命を宿すその腹はとても愛しいものだったのに、何か大切なものを遠ざけてしまった気がする。
ふう、と溜息をついた瞬間、内側からとん、と蹴られてルルーシュはハッとした。
「…そうだな、お前のせいにしちゃ駄目だよな?」
ごめん、とお腹を何度も何度も撫でると、ルルーシュは重い体で立ち上がった。
「ビャッコを探してくる」
「あぁ、行って来い」
「かれんっ!かれんっ!」
嬉々として飛びついてきたビャッコはあの日から毎日カレンの元を訪れていた。
飽きもせず、毎日遊んで、と来る子はとても可愛くて、無下にできないのだけれど。
ビャッコは会いに来ても、ルルーシュに会わないことに一抹の不安を覚える。
妊娠しているというし、安静にしていなければならないのは分かっているけれど、こんなに放っておくだろうか。
これでもビャッコは『お世継ぎ様』なのに。
「ねぇ、毎日ここに来るけど、ルルーシュとは遊ばないの?」
問いかけると、ビャッコは頬をめいっぱい膨らませて拗ねてしまった。
それに苦笑を浮かべるとカレンはふわふわの髪を優しく撫でた。
「かかさまはあんせいに、なんだって。みんなかかさまにかかりきりなの」
「なるほどね、それで寂しくて毎日来るってわけ」
「かれんはぼく、じゃま?」
「邪魔じゃないわよ。私も暇で寂しいし。ビャッコと会えると嬉しいわ」
言うとビャッコは照れくさそうにえへへ、と笑った。
それは子供らしくて可愛い笑顔で。
あの暗いルルーシュと―カレンが知らないだけだが―無愛想なスザクの子供なんて詐欺だ、と毒づく。
あ、でも帰ってきてから会うスザクは前とは別人のように柔らかい。
きっと子供の頃はビャッコと同じようによく笑う子だったのかもしれない。
そんなことをぼうっと考えていると、大きな手でよしよしと髪を撫でられた。
その感触はビャッコのものではありえず、振り返ると、そこには微笑んだスザクが佇んでいて。
「カレン、寂しかったんだ。なら注意して会いに来ないとね」
なんて言うものだから、カレンは思わず、げ、と奇妙な声を上げてしまった。
それにスザクとビャッコが笑うものだから、カレンも何だか釣られてしまって笑った。
それから元気なビャッコに振り回されるように遊んで、二人は庭を臨む縁側に腰をかけた。
ビャッコはカレンの膝を枕にして、疲れきって眠ってしまっている。
縁側に差し込む日光が特別暖かいのもあるのだろう。
時折身じろぎをするものの一向に起きる気配は無い。
隣に座るスザクもまたすっかりくつろいで庭を見下ろしていた。
カレンはそれにそっと目をやると、小さく息をつく。
「奥って、こんなに楽しいところだったかしら」
呟いた声に気付いたスザクが、カレンに視線を送ると、彼女は少し悪戯めいた笑みを浮かべた。
「前にいた奥は…女の執念に覆われていて、ドロドロしてて、私もいつの間にかヤな奴になってて」
「うん」
「しかも、私達が仕える主人は滅多に来ないし、来ても無愛想で相手にもされないし」
嫌味を乗せて言うと、ごめんね、とスザクが謝って来る。
終わったことだし別に良い、と言うと、彼はホッとしたようだった。
それから暫く、奥に対しての不満をこれでもか、とスザクにぶちまけると、少し胸の支えが取れたようにすっきりとして。
ぐっと深呼吸すると小さく微笑んだスザクと目があった。
「今は?」
「え?」
「今の大奥は、カレンにとってどんなところ?」
今まで黙って聞いていたスザクからの質問に、カレンはそうね、と一置きすると、笑顔を浮かべた。
「今のココは嫌いじゃない。私の居場所になってるもの」
「…そう、なら良かった。願わくば…ルルーシュとも仲良くして欲しいけど」
にっこりと笑って言うと、カレンは間の悪そうな顔をして、視線を反らした。
しっかり間を置いて、カレンは苦々しく「考えとくわ」と呟いた。
嘘だ、と思った。
ルルーシュは離れたところに見える大好きな人たちの姿を見ると、唇を噛み締めた。
唇が切れたのか口の中に血液の不快な味が広がる。
けれど、それもあまり気にならないほど目の前の光景に心奪われていた。
優しく微笑みを浮かべるスザクと膝枕で眠るビャッコ。
けれど、その膝枕は自分の物ではなくて。
かつて、ここで他の女達と同じようにルルーシュを邪険にした女のもの。
真っ赤で綺麗で、気の強い女。
彼女から受けた屈辱を思い出す。
やっと手に入れた幸せな場所が彼女に奪われてしまう。
そう考えると、ルルーシュの足は自然とそちらの方に向いていた。
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