「上様、困ったことが…」
呆れた顔をし、眉間に皺を寄せた家老が話したことにスザクは目を丸く見開いた。
「いくら言っても中へ入れるわけにはいきません!上様にお目通りなど、恐れ多い!!」
「だから、無理を承知の上だと言っている!俺は御台だぞ!!」
元、だがな、と隣で呟くC.Cを視線で黙らせるとルルーシュは門番を睨み付けた。
頭の固い門番だ、と思わず文句を言いそうになったが、門の向こうから身なりのいい初老の男性が出てきたことで口を噤んだ。
男性は呆れた様子でルルーシュを見ていたが、少し距離の離れた場所で立ち止まると門番を諌めた。
「…上様がお会いになるそうだ。通せ」
「感謝いたします」
にっこりと社交辞令の微笑を浮かべて男性の後をついていく。
少し実家に帰っている間に城内の雰囲気が変わった気がした。
元々活気があった城ではなかったが、それに輪をかけて暗くなった気がする。
ルルーシュは思わず眉を寄せると少し重くなる胃の腑を押さえた。
襖が開くと、そこには相変わらずの無表情のスザクがじっと座っていて、思わず黙り込む。
やっと会えた、その嬉しさと。
呼ばれてもいないのに来てしまったその気まずさと。
色々な感情が入り混じって、思わず前へ歩み出すのをためらう足を叱咤して、相手の待つ部屋へと足を踏み入れた。
スザクの瞳は何も映さない澱んだ瞳で。
ただ何も言わずルルーシュの前に座っていた。まるで、ルルーシュが話し出すのを待っているように。
「俺は、ここに帰ってきた。もう一度、俺にチャンスをくれないか?」
「チャンス?」
「…今度こそ、お前と対等でいたい。お前を支えたいんだ、スザク」
真剣に紡いだ言葉はルルーシュの思いの半分も伝えてはくれないけれど、それでも、それが精一杯で。
返事を聞くのが怖くて、自然と唇を噛み締めていた。
「御台っていう立場が惜しくなった?」
「違う。お前を支えたいんだ。スザク以外を支えたくなんかない」
「じゃあ、本当に僕のために帰ってきたって?君は僕に何を夢見てるの?」
嘲笑うように薄い笑みを貼り付けるスザクの表情は初めて見るもので。
ルルーシュはおもむろに着物の裾を捲し上げて将軍のみが上がることを許されるその段に足をかけると思い切り手を振りかぶった。
ぱんっ!
小気味よいほどクリアな音が部屋の中に響いた。
次の瞬間、家老達の「無礼なっ!」という言葉とC.Cの笑い声が同時にその場を満たす。
被害者のスザクはただ赤くなった頬を押さえてルルーシュを見上げ。
ルルーシュはうっかりしてしまったことに呆然とスザクを見ていた。
「っ…あはははっ」
堰を切ったように笑い出したスザクにその場の空気が一気に違うものへと変わる。
笑いすぎて、目尻に溜まった涙を拭うとルルーシュをまっすぐとスザクの瞳が見つめた。
「チャンス、だったよね。良いよ、あげる。僕をどこまで君が変えるのか、楽しそうだ」
スザクは気付いているのだろうか。
その瞳が先ほどの澱んだ瞳ではなくて、子供のように生き生きした瞳に変わっていることに。
口調は相変わらずだけれど、確かに変化が見えたスザクに思わず笑みを浮かべる。
「あぁ、俺がお前を変えてやる。本当のお前を、引きずり出してやるよ」
自信満々で腰に手を当てて言うとふっ、と笑みを浮かべる。
今まで、あやふやに受け止めていた『好き』という言葉が。
スザクの新しい表情を見つける度に確信に変わってきている。
再び帰ってきた大奥という場所はやっぱり少し寂しい場所だったけれど、心の中は寂しくなかった。
しっかりとした目標があるからだろうか。
スザクを変えたいという目標が。
とりあえず、無理やり取り付けた今夜の約束を楽しみに、今はスザクのことだけを考えよう。
いつの間にか転寝をしてしまっていたのか、すっかり日は落ちてしまっていて、体には打掛がかけられていた。
顔を上げると、庭に一人佇んで星を見上げるスザクが居て。
「…スザク?」
「おはよう、ルルーシュ。疲れてたみたいだね」
振り返って近づいてくるスザクにルルーシュは思わず一瞬身構えた。
草履を脱いで、座敷へと上がってくるとスザクの大きな手がルルーシュの髪を撫でた。
「バカだな。帰ってた方が君のためだったのに」
「スザクは俺が嫌いか?」
「嫌いだったらチャンスなんてあげてないよ」
困ったように笑うスザクの手を取りそっと引き寄せる。
スザクの手は夜風に当たっていたためかひにゃりつめたくて。
「じゃあ、好きか?」
「わからないな」
「俺は、好きだよ。スザクが」
しっかりと意思を込めて宣言すると、スザクの翡翠色の瞳が僅かに揺らぐ。
冷たいスザクの指にちゅ、と口付けると口元を弧に形どる。
「ルルーシュ。俺はお前の庇護の対象になるつもりはない」
「じゃあ、僕のどんな立場が希望なのか、教えてくれる?」
じ、と見つめてくるスザクにふわりと微笑む。
「願わくば、スザクの懐刀、スザクの右腕に」
to be continu...