全てを遮断するような扉の前で、スザクはプリンの乗った皿を持って固まっていた。
まだ怒っているのだろうか。
怒らせてしまった理由も、自分が悪いことも分かっているのだけれど。
それでも、スザクの前に佇むドアが酷く重く、冷たいもののように見えて。
意を決してドアをノックすると不機嫌そうな声がどうぞ、と中へ入るように促した。
そっと部屋へと足を踏み入れるとスザクに背を向けて眠るジノの姿が会った。
「何の用だ?」
「プリン、持ってきた」
「いらないって言っただろ」
刺々しい口調が彼の不機嫌さ加減を物語っていて、スザクはきゅ、と唇を噛み締める。
逃げ出したい衝動に駆られるが拳を握り締めて耐える。
どうしても話をしなければ、という思いだけでその場に踏みとどまる。
「話、聞いて欲しくて」
「俺の話は聞いてくれなかったのに?ハッ、随分都合がいいんだな」
クスクスと笑うジノの声はいつもの明るい笑い声とは違いすぎて。
開こうとしていた口を閉じるとスザクはそっとジノの背中に歩み寄る。
傍らの机にプリンを置くとベッドの前にちょこんと正座をする。
「逃げ回っていたのは謝る。だけど…だけど…」
「そういうことなら出てけよ。顔も見たくない」
一向にスザクを見てくれないことにスザクはぎゅ、とスカートを握り締めた。
スザクの頭の中は、今大きな不安が渦巻いていた。



呆れられた?
嫌われた?
我侭な私はいらない?



マイナス思考に考えれば考えるほど体が震える。
そっとジノへと伸ばした手は軽く払われてしまって。
払われた手の平よりも、胸の方が痛かった。



ねぇ、私はこの痛みを君に味合わせたのかな。
私に伸ばされた手を払った時、君の手は痛かった?
無視した時、君の心は痛かった?



「話、やっぱり聞いてくれない?」
「さっきも言っただろ?さっさと出てけ。聞く気なんてないからな」
スザクは俯いたまま立ち上がるとジノに背を向ける。
「ごめんね、ジノ」
ぽつりと呟くとドアを開いてそのまま部屋を出る。
零れ落ちそうな涙を必死に堪えて自分の部屋へと駆け込んだ。



「どこで間違えたんだろう」



ただ、ジノの一番でいたかった。
ただ、ジノに自分だけ見て欲しかった。
ただ、気を引きたくて。
ただ、ジノが必死になって追いかけてきてくれるのが嬉しかった。
それだけ。



部屋にたどり着くとベッドにへたり込む。
そっと瞳を伏せると漏れる嗚咽を枕で殺した。
ジノに私はもういらないのかもしれない。
そう思い込めば思い込むほど恐怖に似たものに襲われる。
ピリリリ、と軽い音を立てた携帯にばっと体を起こして携帯を手に取る。
ジノだろうか。
また、チャンスをくれるのだろうか。
震えた手で携帯を開くと発信者を見て愕然とする。
『Lelouch』と表示されたそれに一瞬高揚していた気分が一気に落ち込む。
ピッ、と音を立てて電話を取るとルルーシュの優しい声が耳をうつ。
「ルルーシュ…?」
ぽつりと名前を呼ぶと、気分が落ち込んでいるのがそのまま声に出ていたのかルルーシュの声が険しさを帯びた。
『スザク、何があった?辛い事があったのか?』
ルルーシュの声は優しくて。
思わずぼろぼろと涙がこぼれた。
捨てられてしまうかもしれない、という不安が一気に溢れ出て。
誰かに助けて欲しかった。
ジノにいらないといわれてしまえば自分の居場所を失ってしまう。
『スザク、お前の居場所はそんなに泣いてまで居る場所なのか?』
「え?」
『黒の騎士団は別にして、俺のところに来ないか?俺は株もしてるし、お前を養うくらいは』
彼からの提案は甘い露のように魅力的で。
期待に体が震える。
ルルーシュなら、黒の騎士団なら、自分を必要としてくれるのだろうか。
あっちなら、枢木スザクとしてではなくても、巫女として、必要としてくれるのではないだろうか。
揺らぐ心を後押ししたのはルルーシュの強くて優しい声。
今一番欲しかった言葉。



『スザク。俺がお前を必要としている。お前を守るから…だから来い!』



ぽろ、と瞳から再び一筋の涙が頬を伝う。
「ルルーシュ。僕は、そちらへ行くよ」



元々持ち物は少なかった。
日用品はほとんどジノに買ってもらった物だったし、いつまでも彼を引きずるのはイヤだった。
だから、彼が買ってきたものは全て置いて、自分で買ったものと必要最低限の物だけをボストンバッグに詰めた。
置手紙もしなかった。
両手でボストンバッグを抱えると窓を大きく開け放つ。
少し高さはあるが、思い切って飛び降りた。



大好きです。
貴方だけを愛しています。
けれど、貴方の負担となるのなら。
貴方の前から姿を消そう。



ゴッ!
分厚いファイルの角で思い切り頭を叩かれてジノの眠りは妨げられた。
「いってえええええっ」
抗議しようと殴った張本人であるアーニャは珍しく本気で怒っていて。
据わった瞳で眉間に皺を寄せてジノを睨み付けていた。
「…スザクに、何、言ったの」
「何って…え…?」
眠りから覚めたばかりの頭は働かなくて、呆然としていると、彼女は痺れを切らしたように机を叩いた。
「だから、何、したの」
脅されるようにして、必死に昨日の記憶を呼び起こす。
昨日は大人げもなく嫉妬して、部屋に帰ってきたらスザクが来て…
「ヤバイ。俺、酷いこと言ったかも」
「何、言ったの」
「顔も見たくないって。出てけって言った」
頭を抱えて懺悔するように言うと、最低、とアーニャが呟く声が耳を打った。
とりあえず謝らなければと慌ててベッドから飛び起きて部屋を飛び出す。
スザクの部屋へ行くと、スザクの気配はなくて。
後ろにいたアーニャに問いかけると、彼女は静かに首を振った。
「貴重品と、日用品、全部なくなってる。政庁、くまなく探したけど、居なくなってる」
アーニャの言葉を聞いた瞬間、頭の中が真っ白になった。



その頃、スザクは唯一残っていた東京のはずれの枢木の別荘に身を寄せていた。
ルルーシュはしっかりとスザクの分までアッシュフォードに休学届を出していて。
その手回しの良さに思わず苦笑を浮かべたがルルーシュの性格を考えれば当然かとも思う。
「ルルーシュ。ごめんね。いきなり」
「俺が来いと言ったんだ。気にするな」
ぎゅ、と抱き締めてくるルルーシュの腕は暖かいけれど、全然違う。
す、と相手の胸に手を添えて体を離させる。
「私は君のものには絶対にならない。それだけは言っておくよ」
「それは今は、だろう。俺がお前を振り向かせればいい話だ」
自信家な台詞にスザクは思わず目を細めた。



君を利用しているみたいだけれど。
いつかまたジノの元へ帰るために、君を利用させてもらうよ。



利用するならすればいい。
その日がくるまでにお前を捕らえて見せるから。

まだ幸せにはさせません(鬼)
とにかく不器用な二人が好き。
両思いなのに両思いになれない二人が好き。
不器用でマイナス思考で自虐的なスザクが好き。
鬼ですみません。


to be continu...