カツカツカツとブーツが高らかな音を立てて廊下を足早に歩く。
本当ならば走って行きたい気分なのだが、政庁でそれはさすがにマズイ。
ジノは気分だけが先を行こうとするのを感じながら拳をキツク握り締めた。
自然早足になるジノの後ろをアーニャが呆れたような溜息を零して追いかけていた。
「くそ、どこにいるんだよ、スザク!」
「おちついて、ジノ。焦ってもスザクは見つからない」
「わかってる!」
分からない。
スザクがどこにいるのかも、スザクが何を考えているのかも、スザクが何をいようとしたのかも。
ぎり、と唇を噛み締める。
学校に行けば会えるかと思ったが、休学届は出されているし、ジノが持つスザクの情報は少なすぎる。
「とりあえず、今はスザクと同じ日に姿を消したルルーシュ、だな」
「…黒の騎士団と一緒にいる…?」
「それは分からないが」
もし黒の騎士団と一緒にいるのならば、連れ帰りたいと思う。
けれど、今回は浚われたのではなく、スザクの意志で出て行った。
連れ戻す事は、スザクの意思を裏切るという事ではないのだろうか。
「ねぇ、ジノ」
ぐいっとアーニャにマントを引かれて思わず立ち止まる。
その重みに、幼い頃のスザクの動作を重ねた。
「スザクが黒の騎士団としてジノの目の前に立ったら…討てる?」
スザクもナイトオブラウンズ。手加減なんてできない。
手加減なんてしたら自分が殺される。
「…スザクは、敵になんてならないっ!」
「保障は…ない…」
キツイ瞳で見つめられると心の底が冷えていくような感じがした
軽い足音が廊下に響く。
スザクはルルーシュの部屋の前で立ち止まり、そっと電話中のルルーシュを見つめた。
黒の騎士団は水面下で動いている。
最近忙しそうにしている様子のルルーシュを見て居れば分かる。
計画の実行は近い。
スザクはきゅ、と拳を握り締めてルルーシュの隣へと歩みを進めた。
電話を持っていない方の手がスザクに伸ばされる。
そっと腰に腕を回されるとぎゅ、と抱き寄せられる。
押し付けられるように触れた胸板から伝わる鼓動は暖かい音で。
鼓動の他の音を耳に入れないように瞳を閉じた。
「じゃあ、スザク。行って来る。外に出るなよ?」
トランクを片手に出かけていくルルーシュを見送るとこくりと頷いた。
家の戸締りをして少ない荷物の中から父親の唯一の遺品である懐中時計を手に取る。
記憶を失くしていた間も、唯一手放さなかったもの。
ぎゅ、と抱き締めるとそれを服のポケットへと忍び込ませた。
「ごめんね、ルルーシュ。知ってしまった以上、私は君を止めるよ」
私は君の親友で、君の敵だから。
私は、ナイトオブラウンズ。
ランスロットを駆って死神と呼ばれながらも場所を治めるのが仕事。
ナイトオブセブンとしてゼロを。
枢木スザクとしてルルーシュを止めてみせる。
暫く使う事は無くしまったままだった携帯電話を荷物の中から取り出す。
携帯電話を起動させると、少ないアドレスの中から一つの連絡先を呼び出して通話ボタンを押す。
電話の向こうからは低い男の声。
それにひるむ事は無く、凛と背筋を伸ばすとスザクは真っ直ぐ前を見据えて口を開いた。
「お久しぶりです。桐原公。枢木スザクです」
『これはこれは。巫女。何のご用件ですかな?』
「…日本を取り戻すお手伝いがしたい」
『裏切り者の貴方が?ご冗談を』
予想していた言葉。
桐原達にとって、日本を取り戻し、そこに君臨することが目的。
ならば、ゼロよりも利用価値のある材料を。
「私が御旗として立つ覚悟があると言っても、ですか?」
電話の声が息を呑む。
これは賭け。
枢木、という苗字がどれだけの価値を持つのかも分からない。
いらないと言われればそれまでだ。
一度でもブリタニアに敗戦したゼロに大きな顔をされるのは京都は望んではいないだろう。
プライドだけは高い組織だ。表向きと裏では顔つきが全然違う。
けれど、もし裏切り者の枢木、ではなく、皇族の末裔としてのスザクが御旗となるとすれば。
ゼロは必要なくなるのだ。
一番危険の多い、御旗の立場。
もしスザクが死んだら死んだで構わない。
皇神楽耶が後を引き継げば良いのだから。
捨て駒を一つ飼う意はあるのか、スザクはごくり、と息を呑んで返事を待った。
『承知した。夕刻、お迎えに上がりましょう。』
それでよろしいか、と問う声にしっかりと了承の意を示した。
「どういうことだ!?」
「それが!京都がいきなり黒の騎士団は解散せよと!」
黒の騎士団中に広まり、脱走者が何人も出ている、との情報に思わずゼロは舌打ちを打つ。
もう少しで行動に移せるというのに、何の冗談だ、と罵りたくなる気持ちを壁を殴る事で堪えると通信モニターに向かう。
そこにはちょうど繋がったのかモニターの先には桐原公が佇んでいて。
後ろの御簾の向こうに人影を見つけてゼロは仮面の下で眉を潜めた。
桐原より高い壇上にいる御簾の向こうは誰なのか。
「桐原公、今回のお話、詳しく聞かせて頂いてよろしいか?」
『言ったとおりだ。我々にもうゼロは必要ないのだ』
桐原公の言葉はゼロ、黒の騎士団を切り捨てるもので。
ぎり、と唇を噛み締めながらモニターをにらみつける。
画面の向こう、桐原公の後ろで上がっていく御簾に瞳を丸く見開いた。
「…なっ!!スザク!?」
『お久しぶりです、ゼロ』
画面越しのスザクの声は凛としっかりしていて、思わず黙り込む。
ふわりと微笑むその表情は優しいけれど、神々しくて。
色々桐原に言いたい事はあったはずなのに、頭の中で全てが霧散した。
『ゼロ。選んで下さい。黒の騎士団は解散するか、京都に組するか』
「何!?」
スザクの口から話された言葉に思わず息を呑む。
到底呑む事などできない条件。
けれど、京都の支援を打ち切られれば黒の騎士団の存続も危うい。
「話を、聞かせてもらおう、枢木スザク」
モニターの向こうで、スザクがにっこりと微笑んだ。
簡単な話です、と彼女は鈴のような声を転がした。
『私が御旗として皆を導くだけです。目的は変わりません。日本を手に入れる』
スザクが御旗に立つ?
それは1年前、俺がしようとしていたことじゃないか。
やっと俺に守られる気になったのか、スザク。
良いだろう。
「黒の騎士団は貴方のための騎士団となろう。貴方がいなくては日本はないのですから」
何があったとしても、俺の全力をかけて、お前を守り通そう。
例えお前が何を考え、何を企んでいても。
お前を守るのはこの俺だ。あのナイトオブスリーではない、ルルーシュ・ヴィ・ブリタニアだ。
ヴァインベルグ卿、と呼ぶ声にジノは足を止める。
重大なご報告があります、と神妙な面持ちで言う部下に何があったのかと眉を寄せた。
促されるがまま会議室へと行くと、大きなモニターの目の前に既に人が集まっていた。
「何があったんだ?アーニャ」
「テロリストが、声明を出すって」
ジジジ、と音を立ててモニターに映像が映し出される。
そこには顔を隠した黒の騎士団のメンバーとゼロ。
そして、後ろに顔がはっきり見えないが着物姿の女性の姿があった。
『我々黒の騎士団は宣言する。合衆国日本を立ち上げるという事を!』
ピッ、とゼロの指先が大袈裟なほど演技ぶった仕草で空をなぎ払う。
カメラがズームされ、後ろの女性へとピントが合わされる。
彼女は華奢な肩をピクリと揺らして顔を上げた。
その顔はジノもアーニャも良く知った…
『合衆国日本、代表者の枢木スザクです。私は日本人の方々にお約束しましょう、平和な日々を』
「ルルーシュを止めるって言ってたのに、お前がテロリストになってどうするんだよ、スザクっ」
「強敵だね」
アーニャの言葉に思わず震える。
「敵なんかじゃ…「黒の騎士団は敵」
的確な指摘に、ジノは肩を震わせた。
あの時スザクの話を聞いておけば、こんなことにだけはならなかったかもしれない。
携帯のアドレス帳を開いて、ジノは電話をかけるか指を振るわせた。
アーニャが横目で見つめてくるのを感じると苦笑を浮かべる。
「気になるなら、かけてみれば」
踵を返して帰っていくアーニャを見送ると、意を決して通話ボタンを押した。
しばしの呼び出し音の後、電話が繋がったことに思わず肩が揺れる。
こんな臆病者のような状況、自分らしくないと思いながら携帯を耳へと当てた。
『もしもし』
「スザク!?スザク!!俺が悪かった!大人気なかった!だから…」
『ねぇ、ジノ。待ってる。君が…私を殺しに来てくれるのを…』
最早何がしたいのか
スザクが捻じ曲がってくよorz
頑張れ、ジノ
to be continu...