ブリタニアが行政特区を認める、という発表をしたことで、京都は一気に活気付いた。
ただ、ゼロだけは何故、という思いが拭いきれないのか渋い顔をしていたが。
皆が歓喜に沸く中、ゼロはぐいっとスザクの腕を引いた。
話があるということであろう、その動作に、スザクは頷くとゼロを私室へと招いた。
「この状況、どう思う?」
「どう、と言うと?」
「ブリタニアの反応だ、素直すぎる」
仮面を取り、軽く頭を振ると、ルルーシュは訝しげに呟いた。
何故あんなにすんなり要求を受け入れてくれたのか、その理由を知るスザクはクスリと笑う。
「ねぇ、ルルーシュ。明日、秘密裏にあちらと会うことになってるんだ。ついてきてくれる?」
どこか楽しげなスザクに、ルルーシュは肩を竦めて溜息をついた。
スザクが何を考えているのか。
「もちろんついていく。当たり前だろう」
「有難う。けどゼロの仮面は置いていって。ついて来て欲しいのはルルーシュなんだ」
その言葉にますますルルーシュは目を丸くする。
仮面を取ってブリタニアのトップと会う、ということはルルーシュの生存を明らかにするようなものだ。
馬鹿なことを、と口に出そうとした瞬間、スザクの翡翠色の瞳に見つめられてルルーシュは口を噤んだ。
「お願い。私を信じて?ルルーシュ」
じ、と見つめてくる瞳は真剣で。
ルルーシュはしばしの葛藤の後、こくり、と頷いた。
「スザクが帰ってこなかったら寂しいからな」
「…ありがとう」
スザクはにっこりと微笑むとじゃあ明日、と約束を取り付けた。
次の日の朝、ルルーシュがスザクを迎えに行くと、彼女にしては珍しく真っ白なワンピースを身に着けていた。
思わずほう、と見惚れると、スザクがあまり見るな、とルルーシュの目を片手で覆った。
その動作があまりに可愛らしくて。
指の隙間から見える赤い顔をしたスザクが抱きしめたくなるほどに可愛らしくて。
ルルーシュはふふっと笑った。
「笑うな。もう…行くよ」
すっかり機嫌を損ねたスザクに腕を引かれて、ゆっくりと導かれるがまま歩き出した。
スザクに連れてこられたのは裏通りにある小さな喫茶店。
何故こんなところに?と訝しげにしていると、暫くしてカラン、とドアベルの音を響かせてドアが開く。
そこに現れたのは…
「ナナ…リー…?」
ふわふわの亜麻色の髪、車椅子の少女。
ルルーシュの声にナナリーは、ハッと顔を上げると小さく声をあげた。
「…お兄様…?」
ガタンと音を立てて椅子を倒し、ルルーシュがナナリーに駆け寄る。
ぎゅう、ときついくらい抱きしめているのを見ると、スザクは優しく微笑んだ。
今のルルーシュは冷たいゼロではなく、ただのルルーシュ。
幼い頃の、妹思いのルルーシュそのもので、思わず懐かしさに浸っていると、そっと肩を叩かれた。
振り返ると、そこにはユーフェミアの姿。
何年ぶりだろう。
「久しぶりです、ユフィ。今回は有難う御座いました」
「いいえ。スザクのためですもの。これくらいお安い御用です」
にっこりと微笑む彼女は昔から何も変わらない。
真っ白で、優しくて、ふわふわの…天使みたい。
けれど心はしっかりと持っていて。
彼女はスザクにとって『こうありたい』という憧れだった。
「でも、自分の我侭ですから。ご迷惑をおかけしたんじゃないかと」
「迷惑なんかじゃないわ。大切なお友達のお願いは聞かなきゃ」
なんでもないことのように言うユーフェミアは凄いと思う。
本当に強い人なのだと、自分との違いを思い知らされる。
「それよりスザク。もう大丈夫よね?帰ってきてくれるでしょう?」
ユーフェミアの言葉に思わず固まる。
いい返事ができないのが分かりきっているから。
護衛としてきたのだろう、ユーフェミアの後ろで、期待に満ちたジノの瞳にズキリ、と胸が痛んだ。
けれど。
「それは出来ません。私は、代表ですから。けじめはつけなければ」
真っ直ぐユーフェミアの瞳を見つめて言うと、ジノが驚いたように瞳を見開いた。
ナナリーはルルーシュの手をぎゅ、と握って心配そうにスザクを見つめていて、ユーフェミアは悲しそうに瞳を伏せた。
それが見ていられなくて、スザクは深く頭を下げた。
「すみません。これだけは、譲れません」
「スザクさん…スザクさんは何をしようとしていることは…何ですか?」
ナナリーの控えめな質問に、スザクは困ったように微笑む。
この願いは自分を助けてくれようとした彼女達にとって、むごい答えかもしれない。
それでも、願わずにはいられない。
「スザクの…」
ユーフェミアが口を開いたことで視線が彼女へ注がれる。
「スザクの願いは…裁かれること、ですか?」
心の中を見透かされたようで、スザクはヒュ、と息を呑んだ。
「ど…して、そう思うんですか?」
「…スザクは自分が許せないんでしょう?でしたら、私が許します!」
「…自分は…許しは請いません。自分の業は自分で背負います」
きっぱりと言うと彼女の瞳が潤んだ。
「何で!」
ジノが悲痛な声を上げてスザクを見つめた。スザクの心がまたツキリ、と痛む。
「何でスザクがそんな罰受けなきゃいけないんだよ。罰、なんて必要ないだろ。こんなに苦しんだんだから」
「ごめんね、ジノ…」
本当に大事にされてたことを今更思い知る。
本当に人に恵まれていたことを知る。
思わず謝ると、そっと髪を撫でられる。
ルルーシュとは違う、大きくて暖かい手。少し乱暴な撫で方。
駄目だ、涙が出そうだ。
スザクは口元を手で覆うと反対の手で無意識にジノの服をきゅう、と握った。
それは幼いスザクが一度だけ見せた…助けてのサイン。
ジノは思わずぎゅ、と抱きしめるとふわふわの髪に指を絡めた。
「…スザク…何があっても、俺はお前の味方だからな?」
忘れるな、と抱きしめる手に力を込めると、スザクの腕がそっと背中を添えられた。
「スザクさん、スザクさんがそう求めるのなら、私はエリア11、総督として貴方に処分を下します」
ナナリーの言葉に、スザクはジノの腕を解いて、ナナリーの車椅子の前に跪いた。
処分を求めるように。
ぎゅ、と瞳を閉じて、ナナリーの言葉を待つ。
処分を待つ時間は、果てしなく長く感じた。
「それでは、行政特区日本、一緒に頑張って下さい。ナイトオブセブンとして、私を支えて下さい」
笑顔とともに言われたそれは、罰というにはあまりに軽すぎて。
思わず声をあげようとした瞬間、ユーフェミアの嬉しそうな声がかき消した。
「それは名案です。ナナリー」
手を叩いて喜ぶその様子に思わず置いてけぼりになってしまう。
ルルーシュに肩を叩かれて、振り返ると、彼は優しく笑っていて。
許されてはいけないのに、許されている状況にスザクは眉間に皺を寄せた。
「スザクさんだけでは不公平ですし…お兄様にも行政特区を手伝って頂く事にしましょう」
「俺も?」
「テロリストのゼロへの処置です。仮面を取り、無償奉仕。立派な処置でしょう?」
参ったなと笑いながら言うルルーシュをじ、と見あげると、スザクは困ったような笑みを浮かべた。
これでは11年前と何も変わらない。
また自分は親切な大人の手によって許されようとしている。
許されてはいけないのに。
スザクの心は小さな悲鳴をあげていた。
頭の中がぐるぐるぐるぐる回って、何も考えられない。
気がつけば、スザクの視界は真っ白に染まっていた。
耳の遠くでスザクの名前を呼ぶ声がした。
行政特区日本設立。
規約はアレです、1期でユフィが言っていたあれとほぼ変わりません。
とりあえず日本はひと段落。ルルーシュはあと少し。
次はスザクのターンですよ。
to be continu...