真剣に放たれた弟の言葉に、シュナイゼルはふむ、と息をつくと、その手を口元に添えた。
異母弟とはいえ、幼い頃の彼の頑固さを、シュナイゼルはよく分かっていた。
しかも、この真剣な瞳。
教えない、とそれだけでは済まないだろう。
シュナイゼルは、小さく溜息をつくと、その藤色の瞳をそっと伏せて、相手に習うように真っ直ぐルルーシュを見据えた。
「それを知ったとして、君はどうするのかな?」
「どうって…」
「確かにルルーシュの求める答えは知っているよ?だが、これはスザクが触れられたくない彼女の過去だ」
遠まわしに拒否するようなシュナイゼルの言葉に、ルルーシュが黙り込む。
「それでも聞きたいというのなら、私が知っている限りのことは教えよう」
相手の言葉に重さを感じる。
スザクの過去、スザクの罪、全てを背負う覚悟があるのか、そう問うている。
「俺は…」
答えを聞こうとした瞬間、後ろでドアが開いた。
「失礼します。その話、私にも聞かせていただけますか?シュナイゼル殿下」
「おや、ヴァインベルグ卿。君もか?覚悟はあるのかな?」
「スザクの全てを受け止める覚悟はあります。多分、スザクを預かったあの日から」
ジノの迷いの無い瞳に、シュナイゼルは満足げに笑みを浮かべた。
「…スザクは良い男性を捕まえたようだね。良い目だ」
座り給え、と差し伸べられた椅子にジノはどっかりと腰掛けるとシュナイゼルに視線を戻した。
「それでは話そうか。スザクの過去を」



時は11年前に遡る。
日本との戦争が終盤に向かう折、当時、日本進行の指揮官だったシュナイゼルの元に連絡が舞い込んだ。
それは、日本国首相が自決したという訃報。
終戦を主張しての自決だったという話だったが、シュナイゼルは信じられなかった。
そこに日本が隠す、何らかの裏があるような気がして。
それに、その首相の家にいるはずのナナリーとルルーシュの安否の知らせが来ない事もそれを裏付ける要因で。
終戦の条約締結のため訪れたエリア11、元日本の荒廃した地を足で踏み、シュナイゼルは空を仰いだ。
空は夏の澄み渡る高い空。
ただ、強すぎる日光が、その地に住まう人々の生きる力を挫きそうな、そんな天気だった。
車なら用意させる。それが嫌でしたら馬でも…そう言い募る家臣を手で制して、シュナイゼルは荒野を歩いた。
じりじり、と白い肌を焼く日がうっとおしい。
転々と見える日本人達―今はイレブンだったか―はただ恨めしそうに侵略者を睨み付け。
これが戦争の結果か、と藤色の瞳を細めた。
きっと彼らにとって自分は自分達の幸せを奪った敵なのだ、と。
その場にある音は煩い蝉の鳴き声と、少しの人の笑い声。
キィ…キィ…
ふいに混じった機械音にその方向へと顔を向けると、場違いなものがそこにいた。
全身傷だらけで、少女はそこに佇んでいた。
本来仕立てのいいものなのだろう、真っ白のシャツは土と血で、汚いコントラストを生み。
ただ、虚ろな翡翠色の瞳だけがクリアな色を放っていた。
そんな彼女が大切そうに押している車椅子には、彼女とは正反対に綺麗な少女。
ふわふわの栗色の髪の少女は。
「…ナナリー…」
「その声は…シュナイゼルお兄様!?」
まさか生きているとは思っていなかったと駆け寄るとその軽い体を抱き上げる。
しばしの再会の喜びに浸っていると、傷だらけの少女を家臣たちが地に組み伏せていた。
「この、ナナリー様に何をした!!」
ギリギリと腕を捻り上げられても、少女は悲鳴一つ上げず、抵抗もしなかった。
「やめて下さい!スザクさんは私を守ってくれてたんです!今も、お兄様の所に連れて行ってくれる所で!」
ナナリーの必死の訴えに家臣の行動を止めると、まだ伏せったままの少女―スザクというらしいーを見下ろした。
見れば見るほど汚い。
だが、ナナリーの恩人を放って置く訳に行かず、保護を命じる。
一瞬、家臣の男が、こんな汚いものを?と口に出したが、知らないフリをする。
正直、シュナイゼルとて、拾いたくは無かった。
だが、ナナリーのためなのだ。
「それにしても、無事で良かった。ルルーシュはどうしたんだい?」
「それが…引き離されてしまって…分からないんです」
大方、目と足が不自由なナナリーを先に始末しようと連れ出した、と言ったところだろう。
でないと、あの賢くて妹思いのあの子がナナリーの傍を離れるはずがない。
「…それで、男の人に囲まれてた処をスザクさんが助けてくれて…」
なるほど。それでは正真正銘あの少女はナナリーの恩人という訳だ。
まぁいい。それなりのもてなしと傷の手当てをして、この地に再び放り出せば。
心の中で彼女を慕っている様子のナナリーに謝罪する。
私はそこまでやさしくは無いのだよ、と。
シュナイゼルはナナリーに微笑みかけると本軍のある地へと足を向けた。
今度は家臣の聞き入れを受けて、車に腰を落ち着けて。



ナナリーの様子は少し水分不足だった位で、あの荒野を彷徨っていたとは思えないほど健康だった。
倒れていたイレブン達はあんなに飢えて、痩せていたのに。
誰かに大事にされていたのは歴然としていて。
反対に、スザクの方は酷いものだった。
腕から足から、顔まで―仮にも少女であるのに―打撲、切り傷、擦り傷。
怪我と言う怪我だらけで。
一緒に行動していたナナリーと比べると有り得ないほど痩せていた。
水分もまともにとっていないでしょう、と。
しっかり歩いていたのが嘘のようだ、と医師は話した。
体を洗われて、衣服を代えられたスザクは前より幾分見れるようになっていたものの、服の裾から覗く包帯が痛々しい。
与えられた食事はほとんど口をつけなかった、と侍女に聞いてシュナイゼルは肩を竦めた。
まぁ、明日、視察に行く時に荒野に放せばいい。
その為にも食事をしっかりとって欲しかったが、と思いながら。
「スザクさん、大丈夫でしょうか。たくさん石とか、投げられてたみたいですし」
「石?」
「はい。私に投げられたものなんですけど、スザクさんが盾になってくれて…」
「そうか、スザク君は優しい子なんだね」
「はい!私の理想のお姉さんです。お兄様もスザクさんが大好きで…」
「それは凄いな。ナナリーがそんなに褒めるなんて」
ナナリーの言葉に合わせるように笑いかけると、ナナリーは花が綻ぶような笑顔を見せた。
母を失ってブリタニアにいた頃より笑顔が明るくなった気がする。
これもあのスザクという少女の力なのだろうか。
「お兄様、知ってますか?」
「ん?なんだい?」
「スザクさんみたいな人のことをヤマトナデシコって言うんですって。スザクさんは枢木のお姫様だから代表なんですって」
お兄様が言ってました、と笑うナナリーに、シュナイゼルは目を丸くした。
やっと話が繋がった気がする。
枢木首相の娘。枢木スザク。
スザクという名前を聞いたときはぴんと来なかったが、アレがルルーシュの婚約者だった娘。
この戦争の裏を知っているかもしれない娘。
利用価値は十分だった。



「ナナリー、私はスザクを引き取ろうと思うよ。だから、ブリタニアに帰ろう」
ルルーシュは捜索隊を出そう、と提案すると、ナナリーは頷いた。



その後、スザクはシュナイゼルの保護下に置かれて、15歳まで共に過ごしたのだという。
尤も、利用価値のある道具だと思っていたのはほんの半年ほどで、傷が治り、綺麗になったスザクを溺愛していたらしい。
スザクの体は成長することはなかったが、口外しないと言うことでシュナイゼルに何があったのかも話してくれた。



「…ということだ」
「ちょっと待って下さい兄上!!それは兄上との出会いであって俺の聞きたい事じゃ…!」
「スザクが言いたがらないことを私が言うわけ無いだろう?」
私はこれでもスザクを溺愛しているのだよ?とハハハと笑う彼は本当に喰えない。
聞きたかった事の半分も聞けなかった。
これ以上教える事は無いと言わんばかりのシュナイゼルの様子にルルーシュは肩を落とした。
珍しく静かに話を聞いていたジノが口を開く。
「でもその話だと、スザクは記憶までは失ってなかったんですよね?」
「あぁ、そうだよ。少なくとも、私の手を離れるまではね」
「シュナイゼル殿下の下を離れてからは皇帝陛下に?」
「そうだよ」
そう考えると、皇帝が何かをしたとしか考えられない。
記憶を失うような何かを。
今までは過去、体の成長を止めてしまった時に一緒に失ってしまったと考えていたが。
ルルーシュとジノは顔を見合わせると頷きあった。
どうやら、本当の黒幕は…。



「けど、わかんないな。スザクの記憶を奪って、皇帝に何の利があるんだ?」
「私が思うに…」
シュナイゼルはくすり、と笑うとルルーシュをじ、と見つめた。
「君を炙り出したかったんだろうね。スザクの危機だと気付けば君は出てくるだろう?敵であれ、味方であれ」
「読まれていた、と?」
「私の調べでは、枢木ゲンブと父上は連絡を取り合っていたようだからね」
君たちの中の良さを知っていてもおかしくはない、と意味深に笑うシュナイゼル。
「それより、用が済んだなら私はもう行ってもいいかな?」
「どこへ…?」
思わず問いかけたジノにシュナイゼルはにっこりと笑みを浮かべた。
言わなくてもわかるだろう、と言わんばかりに。
ジノとルルーシュには全く分からないのだけれど。
「もちろん、私の可愛い姫の所に。幼馴染も保護者も来てくれなくて、寂しい思いをしているだろうからね」
言葉の意味が理解できず固まる二人を背に、シュナイゼルが廊下へと出たことで扉が音を立てて閉まる。
「幼馴染と…」
ジノがちらりとルルーシュを見て。
「保護者…」
ルルーシュもジノの視線に気付いて彼を見る。
「「スザク!!」」



今まで静かだったスザクの部屋が一気に賑やかになるのはその数分後のこと。




シュナ兄喰えないっ!!!
けど、シュナ兄はいいところを全部笑顔で掻っ攫ってくれそうな気がします。
ルルーシュがまるで空気でルルーシュファンの方には申し訳ないです。


to be continu...