クレープを小さな両手に抱えながらスザクが街中を走る。
息は切らしていないものの、少しヒールの高めのブーツは履きなれていないのか、足はもつれて今にもこけそうで。
赤いチェックのプリーツスカートを翻らせながら走る様子は愛らしく。
待ち行く人々がクスクス、と和やかな笑みを浮かべながら元気いっぱいの少女を振り返る。
やがて疲れたのかショッピングモールの片隅のベンチにちょこんと座る。
両手で大事そうに抱えたクレープを口いっぱいにほお張ると、眉尻を下げた。
破れたクレープ生地から溢れた生クリームがスザクの小さな手を汚す。
クレープは大好きなのだけれど、一向に食べ方が上手くならないことに肩を落とした。
生クリームだらけの指をぺろりと舐めると甘い味がした。
一人きりで座っていると、周りの賑やかな喧騒からスザク一人取り残されている気がして、すっと瞳を伏せる。
一緒に来たはずのジノはどこへ行ってしまったのだろう。
別に寂しいわけではないけど、と心の中で言い訳をしつつ視線を泳がせた。
けれど、街行く人ごみの中に見慣れた金髪は見当たらなくて。
すっかり食べ終えたクレープのゴミをくるくると丸めると俯いて足を揺らした。
目の前にはスザクと同じ年のころの少年が両親に手を引かれて笑顔で歩いていて。
それを見るといきなり寂しさが溢れてきて。
「…じの…ぉ…」
頼りなげに呟いた瞬間、スザクの小さな体は軽々と抱き上げられて目を丸くした。
一瞬ジノかと思い、顔を上げるが、目に入ったのは金の髪ではなくて漆黒の髪。
「…誰?」
スザクを抱き上げた少年は呆れたように溜息をついた。
「誰?は挨拶だな。俺はルルーシュだ。ルルーシュ・ランペルージ」
「…るるーしゅ?」
少年の名前を口に出すと何故か懐かしい感じがして思わず首を傾げた。
「で、お前の名前は教えてくれないのか?」
「…名前…スザク」
ルルーシュの肩がふるり、と震える。
抱き上げている腕が僅かに揺れたことで、不安定な体勢を整えるようにぎゅう、と抱きつくと、ルルーシュの瞳が揺れた。
「スザク…か。苗字は?」
「枢木…」
「お前…枢木スザクというのか?」
ルルーシュは一瞬目を丸くすると嘗め回すように全身をチェックした。
「似ている…いや、でも…まさか、な」
ぽつりぽつりと呟くように言うとぎゅう、とスザクを抱き締める手に力が篭った。
まるで、何かを失うことを恐れているような。
ルルーシュの手は温かくて、けれど小さく震えていて。
紫色の瞳は僅かに揺れていて、迷子の子供みたいで。



「…大丈夫だよ、ルルーシュ」
ふわり、と小さな手がルルーシュのさらさらの髪を撫でる。
何度も何度も往復するように撫でているうちにルルーシュの顔に苦笑が浮かび、スザクはほっと息をついた。
「お前は名前だけじゃなくて、姿も性格もアイツそっくりだな。まるで小さいアイツだ」
スザクを抱く高さを上げて、そのお腹にぐりっと顔をすり寄せてくるルルーシュ。
普通ならこうやって抱かれるのはスザクにとって苦手なことだった。
ナイトオブラウンズの誰に抱かれても、慣れない温もりに嫌悪感があって、いつも嫌そうな顔をしてしまって困らせて。
抱かれても嫌な気がしないのはジノだけだと、スザクは思っていた。
けれど、ルルーシュの腕の中は温かくて、気持ちよくて、安心できて。
ルルーシュの首に両手を回して、ぎゅう、と抱きつくと自らすりっと頬をすり寄せてみた。
ルルーシュはぴくり、と肩を揺らしたけれど、ぽんぽんと背中を叩いた手はとても優しかった。



「で、誰と来たんだ?迷子になったんだろう?」
「ジノと来た。服と、思い出探しをしに」
「思い出探し?」
「キオクソーシツ、ってジノ言ってた。僕は1年分の記憶しか持ってないから」
こんなことを言ってはルルーシュが困ってしまうだろうかと思って見上げると、ルルーシュはやっぱり複雑そうな顔で。
そんな顔しないで、とルルーシュの手をきゅ、と握ると優しく撫でる手が降ってきた。
「思い出せるといいな」
こくん、と頷くとルルーシュは優しい笑顔を見せた。
それが何だかスザクにはとても嬉しくて。
今日は初体験の気持ちの連続だ、とジノに報告したくてうずうずとするのだった。



「ジノ。ジノか。お前、携帯は持っていないのか?」
「これ?」
ブラウスのボタンを上から二つほどぷちぷちと外して首からかけた紐を手繰り寄せる。
そこには子供用のピンク色の携帯電話が繋がっていて。
ルルーシュは思わずほっと肩の力を抜いた。
まだ少し不安げなスザクの肩を叩くと携帯のアドレス帳を開いた。
そこにはたった2件だけ登録されていて。
「連絡取れたぞ。大丈夫。ジノとやらはすぐ迎えに来てくれるそうだからな?」
てっきり喜ぶかと思っていたルルーシュの思いとは裏腹に、スザクは素直に喜べないようで。
どうした、とふわふわの髪をなでるとぎゅう、と足に抱きついて見上げてきた。
しばらく何も言わず好きなようにさせていると、眉尻がへにゃんと下がってきて。
「ジノに会ったらルルーシュとはさよなら?」
「そうだな。さよならだ。」
自然とそうなるだろう、と同意すると、翡翠色の瞳にはうるうると涙が潤んできて、思わずぎょっとする。
この泣き虫っぷりまでアイツそっくりだ、と思いながら見ていると、今度は涙が溢れてきてしまって。
慌ててスザクの髪を撫でるとすり、と擦り寄ってくる様子に思わず笑みを浮かべた。
「今日さよならしてもまた会えるさ。」
「絶対…?」
「いや、約束はできないが…」
思わず言葉を濁らせるとまたスザクの瞳がうるんできて。
ヤバイ、と思った時にはもうスザクは泣いていた。
「だ、大丈夫だスザク!!ほら、携帯貸してみろ」
スザクの携帯を受け取るとカチカチと操作する。
そして、スザクの小さな手のひらに再び携帯を返すと、まだ涙で濡れた瞳のままスザクが首を傾げた。
「スザク、短縮の1番押して通話してみろ。分かるか?」
小さな指が携帯のボタンをひとつひとつ丁寧に押すとルルーシュの鞄―正確には鞄の中からなのだがスザクにはそう見えた―が鳴いた。
きょとん、と鞄を開けるルルーシュを見ているとその中からスザクのものより少し大きな携帯が現れて。
その携帯はピロリロ♪と音を立てていて。
「ルルーシュの電話鳴ってる。」
あぁ、と微笑みながらルルーシュが携帯を耳に当てる。
「もしもし」
同じタイミングでスザクの携帯からもルルーシュの声が聞こえて、驚いたようにスザクの肩が跳ねる。
ほら、と電話を取るよう視線で促されておずおずと携帯を耳にあてると、優しいルルーシュの声が聞こえて。
「もしもし、もしもし。えっと、ルルーシュ、ですか?」
ルルーシュの耳に届くスザクの声は携帯越しでも弾んでいて、思わず笑みがこぼれる。
両手で大事そうに抱えて一生懸命話をするスザクは可愛らしくて。
尻尾でもあれば思い切り振っているんじゃないだろうかと言わんばかりの様子を見て思わず抱き締める。
「あぁ、ルルーシュだ。これでまた話も出来るし、会う約束も出来るだろ?」
こくこく、と何度も頷くスザクの頭を撫でていると金髪の男が近づいてくるのが見えた。
スザクが見つけた瞬間手を振ったから、彼がジノとやらなのだろう。
そう察すると、ルルーシュはそっと姿を消した。
ジノを見つけたことで気を取られていたスザクにそれに気付けるはずもなく。



「やーっと見つけた。大丈夫か?怖くなかったか?」
再会した瞬間今度はジノによって抱き上げられると、スザクはハッとしたように辺りを見渡した。
「…あれぇ?」
「どうした?」
「うーん、ジノを一緒に探してくれた人…いなくなっちゃった。」
目に見えてしょぼんとしてしまっているスザクに思わず苦笑を浮かべる。
この短時間によくもまぁこんなにスザクに気に入られたもんだ、と思いながらも何だか面白くなくて。



ぎゅっと抱き締めると、きょとんとしたスザクと視線が合った。
思わずえへ、とごまかし笑いを浮かべると、いつもの面白くなさそうな瞳で見られた。
まだまだジノとスザクの距離は遠そうだ。



因みにスザクの携帯にメールが入り、スザクの携帯のメモリに知らない男の名前が追加されていることに気付くのはそのすぐ後のこと。
思わずアドレス帳から削除をしようとして、スザクに怒られるのだった。




ルルーシュ登場です。何だかジノスザっぽくなくてすみません…
この話3人称すごい書くの難しくて…な、なんて難産…
えっと、ジノスザ←ルルな感じで進んでいきますので、宜しくお願いします


to be continu...