スザクを取り返して早くも数日が過ぎていた。
当の本人はというと、あれからどこか居辛そうに落ち着きを失っていた。
アーニャやジノがいる時は比較的落ち着いているのだが、居なくなるとダメだった。
政庁の中を不安げにうろうろとしているし。
つい先日は政庁から抜け出そうとしていた、と兵士に捕まって帰ってきたこともあった。
その時は、思わずスザクを政庁の外に出さないように命令を出しておいて良かったと思ったもので。
そして、黒の騎士団のことは一切話そうとしなかった。
何があったのか、ゼロの正体、あんなに泣いていた理由。
どれを聞いても、スザクはその度にだまりこんで俯いてしまう。
ただ、ぽつりと時折呟く言葉は聞き取れないけれど、いつも辛そうで。
「スーザクっ!街に遊びに行こう!今度は迷子にならないようにずーっと手を繋いでるからな」
ぎゅう、と抱き締めて誘うと、暫く迷った後、スザクは小さく頷いた。
「元気ないな。だめだぞー?ほら、今日はこんなカッコしないか?」
いつものように服のコーディネートを始めると、いつもは呆れたように見ているスザクがジノの服の裾をきゅ、と引いた。
甘えるような仕草はスザクが初めて見せるもので。
振り返って、そっと抱き締めてやると、人懐こい子犬のようにぐり、と顔を擦り付けてきて。
「どうした?」
優しく聞いてやると、何でもない、というようにふるふると首を振りながら抱きついてくる。
分かっているのだろうか。
スザクが甘えて来る時はよっぽど切羽詰まった時だけだと言う事。
バレバレなんだよなぁ、とジノは小さく苦笑を浮かべるとぽんぽん、と背中を撫でる。
「ジノ…私は、ここに居ていいのか?」
「当たり前だろ?スザクは俺の大事な家族だ。アーニャもスザクを大事な友達だと思ってると思うけど?」
「ありがと、ジノ…」
そのまままた黙り込んでしまったスザクの背を優しく撫でる。
スザクの心の中が知りたい。
どんなことをスザクが考え、何に悩んでいるのか、知りたい。
そう思うのは贅沢なのだろうか。
「なぁ、スザク。何があったのか、話、してくれないか?」
思い切ってそう聞いてみると、スザクは表情の乏しい顔を少し困った表情に変えて、じっとジノを見つめた。
すっと、ジノの服を握り締めると、その瞳を伏せて。
「…思い出した。私の…こと」
喜んでやればいいのかもしれなかったが、スザクの表情は険しくて。
嫌な記憶だったのだろう、と容易に想像はついた。
現に、ジノの服を握る手は、皺になりそうなほど強く握られていて。
安心させようと、髪をなでつけると、ぎゅう、と抱きついてきた。
まるで捨てられるのを恐れるかのような行動で。
「聞いてもいいか?スザクのこと」
静かに問いかけるとスザクは瞳を揺らがせながらもしっかりと頷いた。
「私は、日本最後の首相、枢木ゲンブの一人娘で、天皇家の血が混じった巫女です」
「ミコ…?」
「家が神社だったから。神様にお仕えする人のこと」
カトリックのシスターみたいなものか、と勝手に納得すると、僅かに震えるスザクの手を見て、膝に抱きかかえる形で座る。
スザクは少し戸惑うように見上げてきたけれど、拒否することはせず、ジノの胸に体を預けていた。
震えが治まり、しばらくすると再び口を開く。
「開戦前に、ブリタニアからお客様が来た。私はお客様の相手を任されて、気がついたら、婚約者になってた」
再び震えるスザクの体をぎゅう、と抱き締める。
名家のお嬢様なら許婚や婚約者なんて居て当たり前だ。
恋愛結婚など夢だと、貴族であるジノも考えていた。
「ブリタニアの婚約者が、嫌だったのか?」
てっきり敵国の相手と結ばれるのが嫌だったのかと思って聞いてみると、スザクは違うと首を振る。
「嫌いじゃなかった。優しい奴だったし、親友だった。けど、親友としか思えなかった」
親友でいたかったのだと、スザクは消え入りそうな言葉で呟いた。
わからないではない。
たかだか10歳の少女には、遠い未来の話だろう。
婚約とか、結婚とか…そういうことは。
「けど、あっちは違った。口では形だけだって言ってたのに…」
「婚約者気取りだった、と」
こくん、とスザクの首が縦に振られる。
「けど、そんなに嫌だったんだったら、破棄するなり離婚するなり方法はあるんじゃないか?」
「日本ではそれは恥なんだ。家名に傷がつくこととされてる。女は一度嫁ぐと、相手に一生身を捧げて、尽くすんだよ」
枢木の家が古風な考え方をしているのかもしれないけれど、とスザクは付け加える。
ジノには話が全く読めなかった。
スザクにとってそのブリタニア人との結婚が嫌なものだったとしても、それは記憶を失うほどの理由ではないだろう。
しかも、相手が嫌いではなかったという。
思わず首を傾げていると、スザクがじ、とジノを見上げた。
反射的にスザクのふわふわの髪を撫でてやると、スザクはその手をきゅ、と両手で握り締める。
どうやら、触れていたい、ということらしい。
「父さんは恐ろしい計画を立ててた。アイツを殺すつもりで、徹底抗戦を唱えてた」
「おいおい、ゲンブは終戦を唱えて自害したんだろ?」
スザクは俯いてぶんぶん、と首を振る。
アイツとはブリタニア人の婚約者のことだろう。
壮絶な話だ、とジノは思わず息を呑んだ。
大好きな親友を父親が殺すというのだ。
それは、10歳の少女に、どんな心の負荷をかけたというのだろう。
自分に置き換えて考えるとゾクリとする。
「日本人は婚約者や結婚した相手に全てを捧げるんだ。私の婚約者はアイツだから…だから…」
ジノの手を握る手に力が入り、爪が食い込む。
その痛みにジノは眉間に皺を寄せるが、スザクの震える体から視線が離せず。
「私は、父さんからアイツを守るために、父さんを殺したんだ」
スザクの過去が明らかになってきましたっ
やっと中盤に入ってきた…長いなぁ…コレ
ちなみに、ルルーシュの初恋の人はスザクですよ。
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